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Fernando Pessoa 『The Book of Disquiet』

2023年12月22日(金)

フェルナンド・ペソアを知っていますか?

今週の書物/
『The Book of Disquiet: The Complete Edition』
Fernando Pessoa 著、Margaret Jull Costa 訳、Serpent’s Tail、2018年刊

Fernando Pessoa(フェルナンド・ペソア)は、彼の「No intelligent idea can gain general acceptance unless some stupidity is mixed in with it.(いかなる知的なアイデアも そこに何らかの愚かさが混ざっていない限り みんなに受け入れられることはない)」という文章からわかるように、あまり一般受けする文章を書かずに47年の生涯を終えたポルトガルの詩人であり作家だ。

父親の死と母親の再婚のため、5歳から17歳までのあいだ南アフリカですごし、英語の教育を受けたため英語とポルトガル語を話し、フランス語もできたため、アメリカの商社で翻訳とか書類作成とかをこなす駐在員として働き、詩作に励んでいた。詩をイギリスの出版社に売り込んだものの相手にされず、ようやくポルトガルの出版社で出版までこぎつけたものの思ったようにはならず、働いて得た金と祖母の遺産とで出版社を立ち上げて自分の本を数冊出したのだが、ペソアが生きているあいだにペソアの文章が広く読まれることはなかった。

ペソアが死んだあと、本棚の前に置かれた木製のトランクのなかから25,574ページもの著作が見つかり、それを整理した人たちが「これはすごい」と思ったかどうか、その大量の文章が本になって広まり、今ではポルトガルを代表する詩人ということになり、その顔が紙幣に印刷され、リスボンのいたるところに観光資源としてのペソアが現れる。死んでから有名になったということでは画家のゴッホを思い出すが、みんなに受け入れられるはずのないペソアがみんなに受け入れられていたり、売れるはずのないゴッホの絵が高値をつけていたりするのを見ると、複雑な気持ちになる。

ペソアのなかには、駐在員のペソア(Himself)と詩人・作家としてのペソア(Orthonym、Autonym、Heteronym)のほかに、アルバロ・デ・カンポス、アルベルト・カエイロ、リカルド・レイスといった70以上もの異名を持つ作家・別人(Heteronym、Para-heteronym、Semi-heteronym、Proto-heteronym、Alias、Pseudonym、Character)が存在していて、それぞれの人格が文章を書いていた。異名者が出現することについて多重人格という説明もあるが、「なりすまし」と考えたほうがしっくりとくる。異名者というのは、ペソアが作り出したフィクションなのだ。

例えば、1914年3月8日には、「私は気がつくと背の高いタンスの前に立っていて、紙を手に取り、書き始めた。…その後、私の中に誰かが現れ、私は即座にアルベルト・カエイロという名前を付けた。…三十編の奇妙な詩を書き終えたので、私はすぐに別の紙を取り上げてフェルナンド ペソアによる六編の詩を続けて書いた。…それはフェルナンド ペソア/アルベルト カエイロからフェルナンド ペソアへの復帰だった」と書いている。こんな感じで、ペソアが作り出したフィクションは勝手に動き出す。

で今週は、そのペソアの残した数々の文章からなる一冊を読む。『The Book of Disquiet: The Complete Edition』(Fernando Pessoa 著、Margaret Jull Costa 訳、Serpent’s Tail、2018年刊)だ。1935年に著者が死んだあと残された文章を、まるでジグソーパズルを組み上げるかのようにまとめあげて、2018年になってようやく「完成版」となって出版されたものだ。

と書くとなんだかすごいことのようだが、実際は編集者たちがペソアの死後に残された文章を整理し、私たちの整理の仕方が一番だと自画自賛するなかで、「最新版」だの「完成版」だのと銘打って出版が繰り返され、その度に出版社が儲けてきたという裏事情がある。

第一次世界大戦前夜、1913年にペソアがこの『The Book of Disquiet』を断片的に書き始めたとき、フェルナンド・ペソアは25歳だった。その最後のページは死の直前に、つまり47歳の時(1935年)に書かれたことになるが、実際には彼はこの本を書いてはいない。死後にトランクのなかから出てきた大量の紙をまとめて編集して本になったといういきさつがあるのだ。

最初の出版は1982年、ポルトガル語で『Livro do Desassossego』として出版された。このポルトガル語版と英語の『The Book of Disquiet』の初版は、書かれた順番に編集され、ペソアが行きつ戻りつした過程が感じられるという。それを最初に壊したのが、イタリア語の『Libro dell’inquietudine』で、多数の散在するページを内容ごとにまとめ、繰り返しを制限するために特定のカットを加えたという。フランス語の『Le Livre de l’intranquillité』となると編集はさらに大胆になり、英語の『The Book of Disquiet: The Complete Edition』に至っては時代順という考えは跡形もない。

時代順でないということは、作者の思考過程が見えないかわりに、読みやすいという利点がある。なにしろ、残された断片をつなぎ合わせてできた本なので、まとまったものを流れとして読むよりは、断片を断片として読んだほうがいい。そう思わせるほど、ひとつひとつの文が心に届く。

例をあげてみると、

I’ve always rejected being understood. To be understood is to prostitute oneself. I prefer to be taken seriously for what I’m not, remaining humanly unknown, with naturalness and all due respect.

I suffer from life and from other people. I can’t look at reality face to face. Even the sun discourages and depresses me. Only at night and all alone, withdrawn, forgotten and lost, with no connection to anything real or useful — only then do I find myself and feel comforted.

I’ve never done anything but dream. This, and this alone, has been the meaning of my life. My only real concern has been my inner life.

Everything around me is evaporating. My whole life, my memories, my imagination and its contents, my personality – it’s all evaporating. I continuously feel that I was someone else, that I felt something else, that I thought something else. What I’m attending here is a show with another set. And the show I’m attending is myself.

We never love anyone. What we love is the idea we have of someone. It’s our own concept—our own selves—that we love.

My past is everything I failed to be.

Literature is the most agreeable way of ignoring life.

これを続けてゆくと、結局は一冊全部になってしまう。そんな文の集合体が『The Book of Disquiet』なのだ。ちなみに、各国で付けられた題名の中で、私は『Le Livre de l’intranquillité』がいちばん好きだ。「l’intranquillité」という単語から、「l’imparfait」「l’incomplet」「l’impermanence」といったなんとなく美的な感じがする単語が浮かんでくる。「不穏」では、あまりにも美から遠い。

そんなことはともかく、もしペソアが「本が売れること」を第一に考えていたのなら(ヘミングウェイのように「100ワード、いくら」で考えていたのなら)、決して出てこないだろう言葉の数々。「書いてはいけないこと」などなにもない、規制も忖度もないなかでの著作。それが、結局は、心に届くのだろう。書いてはいけないことを自分たちで決め、それにがんじがらめになっている今の日本の文筆家たちにはわからないことかもしれないが。

それにしても、ペソアのような人にとって、社会と折り合いをつけることのいかに難しいことか。いや、大部分の私たちにとって社会との折り合いはつきにくく、だからこそ、多くの人たちがペソアの文章にのめり込むのではないか。

ペソア自身が自分の仕事と思っていたのは何なのだろう? アメリカの商社で働くこと? 出版すること? いや、どちらでもないだろう。出版をしようとして思うようにいかなかったときに、考えることのほうがはるかに大事だと悟ったのではないか。自分の仕事は考えることだと自覚したのではないか。ペソアが人生の終わりに近づいて、自分がこの世界のなかで消えていくことを理解したとき、自分にとっての仕事である「考えること」をやめてしまうのではないかという恐怖が襲い、それと同時に、驚きとか、懐かしさとかをもやってきたのではないか。ひとりだということが身に染みたのではないか。

ペソアの文章のなかにある不可能なことへの憧れ、ありもしなかったことへの郷愁、あり得たかもしれないことへの渇望、誰か他の人のようではなかったことへの後悔、自分を取り巻いている世界への不満。そんなもののすべてが、折り合いのつかなさと相まって、読者のなかに入ってくる。社会との折り合いがつかない。他人との折り合いがつかない。そんな感じを少しでも持っている人におススメの一冊だ。

本題からはそれるが、最後に、前から気になっていることをひとつだけ。ペソアの外見のことだ。顔、服、帽子。どれも、文章と同じく、ペソアが作り出したもの。そう思って写真をしげしげと眺めていると、私の知らない文章がどこかに埋もれているように思えてくる。「不思議な」という一言で片づけられてしまうことの多い作家だが、自分に正直な人だったに違いなく、その奥の深さを感じるとき、有名になってしまったのも仕方ないのだろうと思う。

幸田文『きもの』

2023年12月15日(金)

男にはうかがい知れない女の会話

今週の書物/
『きもの』
幸田文著、新潮文庫、1996年刊

野坂昭如に言われるまでもなく「男と女のあいだには 深くて暗い河がある」ようで、時折、女たちの会話が理解不能に思える瞬間が訪れる。身近な人のうわさ話、贈答品のことなどなど、しなくていい会話や、意味不明の会話が延々と続くとき、耳がほとんど閉じている自分に気づく。話して何かを得ようとか、何かを解決しようとか、そういうことではない。話すこと自体が目的なのか。世間体を気にする割には、会話は社会的な広がりを持たない。

そんな日本の女たちの会話を理解するとっかかりになるのが、幸田文の『きもの』である。最初のページの胴着の話から、最後のページの寝巻のところまで、とにかく違和感が付きまとう。

幸田文は幸田露伴の娘で、結婚、出産、離婚を経て父のもとに戻り、露伴の死後に文筆家になった。娘の青木玉、孫の青木奈緒も文筆家。四代にわたって文筆家になっている。とはいっても、幸田文自身に自分が文筆家だという自覚があったわけではないようで、幸田文について調べてみると、露伴の死後の2~3年に『雑記』『終焉』『父』『こんなこと』『みそっかす』などを出版すると、昭和25年には断筆宣言をして柳橋の芸者置屋の住み込み女中になったりとか、昭和40年からは焼失した法輪寺三重塔の再建に走り回ったりとか、文筆がプライオリティーでないという生涯が見えてくる。

『きもの』は、法輪寺三重塔の再建に走り回るなかで『闘』と同じ時期に執筆され、三年にわたって「新潮」に発表された。だから、話の中に出てくる人たちは大正の頃の人たちだとしても、幸田文のまわりの人たちは、みんな戦後の復興とか経済成長とかのなかにいたことになる。

大正・昭和の人たちの持っていた不自由さは、違和感というよりは異和感といったほうがいいような、私たちには理解できない不自由さで、世間体にしろ、行儀にしても、誰から押し付けられたものでなく、自分で自分を規制する不自由さなのだ。

主人公のるつ子は、間違いなく幸田文自身なのだが、『きもの』には私小説らしさがない。幸田文自身が欲しかった自由とか自立とかは、青木玉や青木奈緒にとっては当たり前のもので、欲しがるものではなかっただろう。でも、幸田文には切実なもので、だからこそ、これまでかこれまでかというほどに、自分のまわりのことばかりを書き連ねたのではないか。

自由とはいっても、放縦とか放埓とかとは一線を画したい。また、豊かになるとはいっても、優しさや親しみを忘れたくない。そんなことが垣間見られる幸田文の文章からは、幸田文が譲りたくなかった品とか感性とかが見て取れる。

それにしても、狭い社会のなかに登場する人物たちの、なんと俗物的なことか。日本が開発途上国であったからという説明だけでは済まされない、戦後の荒廃の様子が見て取れる。そしてその荒廃は、戦後何十年経っても、延々と続いている。『きもの』は、そんなことを感じさせてくれる一冊だ。

話を「日本の女たちの会話」に戻そう。近頃は、身近な人のうわさ話をする人は少なくなった。その代わり、メディアに登場する人のうわさ話をする人が増えている。根源は同じ。自分の「人に対する評価」が、みんなの「人に対する評価」と一致しているかを確認したいのではないだろうか?

「あそこの家の娘さんは毎晩のように遊び歩いて」というのが「あの政治家が不倫をして」になったとしても、「けしからん」を共有したいという欲望は変わらない。ネット上の女性週刊誌ダネが男にはそれほど面白くないのは、一昔前の井戸端会議に男が興味を示さなかったことと同じに思える。

幸田文の生涯にわたる数々の文章が、身近な人や身近なことで成り立っていたのは、決して偶然ではないし、それは決して悪いことばかりではない。ただ、幸田文が美しいと思ったものの多くが消えつつあるのは残念としか言いようがない。