死因

年末に母が死んだ。大腸にがんが見つかり、緩和ケアを始めてから71日。99歳の誕生日を迎え白寿を祝ってから2週間あまり。安らかな死だった。死亡診断書を書くためにやって来てくれた医師は「がんとか、まあいろいろありましたけれど、死因は老衰にしておきます」と言った。私は考えもなく「ありがとうございます」と言った。
「死因ががんだと、死んだ人がかわいそう」という考え方があるのを、私はあとで知った。「がんはかわいそう、老衰はめでたい」という、そんな考え方だ。がんはかわいそう、自殺はまずい。そんなことで死因が変わるのだとしたら、がんや自殺で死ぬ人の数は、統計よりずっと多いことになる。
それでも、統計上がんは日本人の死因の第1位で、4人に1人はがんで亡くなる。多くの人たちががんで死ぬわけだが、がんで死ぬのは、ほんとうにかわいそうなのだろうか?
日本人の死因の2位以下には、心疾患、老衰、脳血管疾患、肺炎、誤嚥性肺炎、不慮の事故などが並ぶ。果たして、そのうちのどれが、がんよりマシだというのだろう?
50年ほど前に「ぽっくり寺」が流行った。健康で長生きし苦しまずに最期を迎えたいという人たちが訪れたわけだが、「ぽっくり」は果たしていいものだろうか?
「ぽっくり」でまず浮かんでくるのは心筋梗塞だが、15分以上ものあいだ胸が締め付けられるような焼けるような痛みを全身に感じ、息切れ・冷や汗・吐き気・嘔吐・めまいなどとともに意識が遠のいてゆくという。くも膜下出血や脳出血では「バットで殴られたような」人生最悪の激痛を感じるそうだ。そんな「ぽっくり」がいいわけはない。
「ぽっくり」は突然の死だから、死の準備ができていない。隠しておきたいことも隠せず、しておきたいこともできず、死後に見られたくないものも残したままで死んでゆく。それはいやだ。
老衰で死ぬのはどうだろう。死のかなり前から全身が衰え、不如意と不自由と惨めさに長い間耐えたあとで、ようやく死を迎える。見たり聴いたりみ食べたりというような楽しみはなくってゆき、からだじゅうの痛みに耐え、寝たきりになって、下の世話はもちろん、陰部洗浄・口腔ケアなどを受け、心不全と筋力低下で身体は動かせず、呼吸も苦しく、言葉を発するのも無理というような状況になって死んでゆく。そこには、人間の尊厳など、かけらもない。私は老衰もいやだ。
事故や災害で死ぬのも、殺されるのも、自殺もいやだ。
となれば、がんで死ぬしか道はない。がんが見つったらすぐに緩和ケアを始め、医療用麻薬を適切に使ってもらって痛みを和らげ、便秘や吐き気などもなく安らかに死んでゆく。それがいい。
母が死んでからやって来て死亡診断書を書いてくれた医師は「死因は老衰にしておきます」と言った。その裏には「がん」は悲惨で「老衰」はめでたいという考えが見え隠れする。でも私には、悲惨とされている「がん」よりも、人間の尊厳というものがなくなって死んでゆく「老衰」のほうがずっと悲惨に思える。というか、選べるものならば、私は「がん」で死んでゆきたい。医療用麻薬を存分に浴びながら。

死因」への2件のフィードバック

  1. phrh205455 投稿作成者

    年末でも人は死ぬ。ただ、当事者になって感じたことだが、年末に人が死ぬのは大変だ。三が日は火葬場が開いていないから火葬を待たなければならない。役所も年末年始は開いていないから手続きという手続きが滞る。銀行も開いていないから故人の口座を閉めることもできない。だいいち、みんなが正月のめでたい気分でいるところで、母が死んだことなど話す気になれない。
    思うように事が運ばないというのは職場で散々経験してきたことだけれど、母の死の後始末は思いのほか大変だ。

    返信
  2. Condolence

    All the lucky ones who live pass over 90
    Weather there are gods or not
    She was very fortunate and blessed
    Because she had you by her side
    Cherish the memories of her
    live a healthy life yourself
    No worry ahead your own death
    till you reach and celebrate your 99
    The circle of life so mysterious

    返信

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です