カオ・タオの風

2025年1月21日~24日

 
夕焼けも闇夜の月も朝焼けも
誰かが見ているきっと見ている

星を見た。遠い彼方にあるその星を、どこかで見ている人がいるに違いない。違う場所で見れば、違って見えるのだろうか。朝焼けを見た。その朝焼けを見ているのは僕だけではない。実際、何人もの人たちが海辺に立ち、朝焼けを眺め、楽しんでいた。

**

やわらかな風に揺れてる木漏れ日を
地面の水が喜んでいる

目の前にあるこの木を見ているのは、僕しかいない。風が枝や葉を揺らすのを見ているのは、僕だけだ。そんなことを考えている僕に、木漏れ日はやさしい。木の下の水たまりを見ているのも、僕しかいない。もうすぐなくなるだろう水たまりを見て、僕はふと思った。幸せだと。

**

幸せな僕はなんにも望まない
欲しいと思う気持ちも消えて

海岸を歩いた。潮が引き、砂浜には無数の穴ができていた。ひとつひとつの穴のなかに、生き物がいる。私が歩くことで、生き物が踏まれたり、穴が埋まったりする。それを理不尽というのだろうが、海辺ではすべてが理不尽だ。海を眺めて幸せを感じる。それ以上、何を望むというのか。

**

住むべきでないところにも人は住む
いつかは朽ちる果てる消え去る

そう、ここに人は住むべきではない。家を建てても、いつかは朽ちる。そこに住む人たちも、いつかは去る。すべてが消え去る。なにをしても、完成することなどない。完璧などということは夢のまた夢。何も永遠なものなどない。

**

永遠でないものはみな美しい
いとおしいのはいま生きる君

ホテルの部屋で、今日見たものを思い返す。何もかもが永遠でないと、そして何もかもが美しいと、気づく。そばで惠子が眠っている。いとおしいと思う。

**

陽が風がマングローブの木々を抜け
肌にやさしく届いて消える

マングローブの林のなか、水の上に作られた歩道を歩く。水の上に顔を出したマングローブの根は曲線を描いて、水の中の泥にしがみつく。マングローブの葉は陽の光をやわらげ、海からの風もやわらげ、肌にやさしく届く。気持ちいい。

**

川べりに打ち捨てられた古い船
遣唐使たちの無念を想う

河口に近い川べりに、古い船が打ち捨てられている。喫水線を越えて水のなかに半分沈んでいる船を見ているうちに、沈んでしまった遣唐使を乗せた船のことが思いうかぶ。さぞや無念だっただろう。

**

散歩して池のまわりが面白い
ランナーたちの目に映るのか

ゆっくりと散歩をする。走って追い越してゆくランナーたちには決して見えないものが、光が、色が、目に入って来る。立ち止まらなければ見えないものが、たくさんある。

**

人々が好んで作る人災を
水辺の花が嘲笑っている

大きな貯水池のまわりを散歩する。水の上に顔を出すハスの花も、岸辺に咲くジャカランダの花も、人々が作り出す問題や紛争とは無関係に咲いている。平和だ。歩くほどに気持ちが軽くなる。いい散歩だ。

**

年月がすぎてもやはり好きなもの
私が変わらず生きてきたから

好きな歌、Lou Reed の Perfect Day。好きな映画、Jim Jarmusch の Stranger Than Paradise。好きな本、Leonard Koren の Wabi-Sabi。好きな語り、Leonard Cohen の Anthem。好きな詩、류시화 の 그대가 곁에 있어도 나는 그대가 그립다。そんな脈絡のないものたちが、Wim Wenders の Perfect Days のおかげで ぜんぶ ひとつ につながった。不思議だ。

**

地の果てのようなところで見えるのは
人が優しくなくなっていること

カオ・タオの海辺で、DEI(Diversity, Equity, Inclusion=多様性、公平性、包摂性)という考えが急速にしぼんできているというアメリカの記事を読む。フランスでは極右や極左だけでなく中道までもが、寛容さを失くしてきているという。この海辺でみる世界は、どこの国も同じ。人が優しくなくなってきている。

**

浦島を竜宮城まで乗せた亀
金を纏いて寺に祀らる

カオ・タオの海岸から助けた亀に乗って竜宮城に行った浦島太郎は、乙姫らの饗応を受けたあと、「開けてはならない」と玉手箱を渡され、再び亀に乗り海岸に戻り、玉手箱を開け、いっきに年老いてしまう。浦島太郎を乗せた亀は、長く生き、死後に金を纏ってカオ・タオの寺に祀られている。

**

カオ・タオの海の空気が気持ちいい
ハマメットともバリとも違う

カオ・タオの海でひと気のない海岸に佇む。耳をすます。風の音や、波の音が、小さく聞こえる。鳥の羽ばたきも聞こえる。静かだ。時が止まる。すべてが止まる。

**

ここで飲むこのコーヒーはおいしいな
昨日はなぜか閉まっていた店

小さな車が、そのままコーヒー店になっている。貯水池ぞいに簡易椅子を並べ、客たちは貯水池を眺めながらコーヒーを飲む。手作りの菓子がコーヒーによく合う。昨日来たけど、この店はなかったよね。そう言ったら、歯医者に行ってたのと屈託なく笑う。そうだ、それでいいのだ。

**

道端で焼き物を売るばあさんに
追い払われてもめげぬ雌鶏

ばあさんが道端で炭火をおこし、串を焼いて売っている。子供を2羽連れた雌鶏が食べ物を求めてばあさんに近づく。ばあさんはそれを箒で追い払う。追い払われた雌鶏に、めげた様子はない。また隙をついて、カネ勘定をしているばあさんに近づく。ばあさんも雌鶏も、どちらも逞しい。

**