人間が野生の植物のなかから、実の大きなもの、食べやすいもの、収穫しやすいものを選び、その種を自分たちの近くに播き始めたとき、人間は植物をTameしていたのだと私たちは考える。しかし、一万年ほどの長い時間を振り返ってみると、そこで起きていたことはそれほど一方向ではなかったように思える。人間はたしかに植物の性質を変えたが、その植物に食料を依存するようになるにつれて、自分たちの住む場所や働く時期、土地との関係や他人との関係まで変えていった。現代の栽培化研究でも、栽培化は、人間が繁殖や増殖をある程度コントロールし、そのかわりに資源を得る特殊な相利関係として捉えることができると論じられている。
そうして考えてみると、イネ、ムギ、アワやキビ、ヒエ、ソバ、トウモロコシ、ジャガイモ、リンゴは、すべて「人間に栽培化された植物」でありながら、人間とのあいだに結んだ関係はずいぶん違っている。そして、この違いを見ていけば、Tamingというものが単なる支配でも服従でもなく、生き物と生き物とが関係を結ぶことによって、双方が以前とは違う存在になっていく過程であることが見えてくる。
イネ 水までをTameする植物
イネ、とりわけ水田で作られるイネについて考えるとき、最初に気づくのは、人間がTameしなければならなかったものが植物だけではなかったことである。イネを安定して育てるためには土地を整え、水を引き、ある場所では水を溜め、ある場所では排水する。つまり人間が作り上げたのは、一株の栽培植物ではなく、イネが大量に生育できる人工的な生態系そのものだった。
植物の栽培化では、熟した種子が簡単には落ちない「非脱粒性」のような、人間にとって収穫しやすい性質が重要になる。こうした変化は瞬間的に生じたわけではなく、イネやムギなどでは長い時間をかけて進んだことが研究から示されている。 人間は毎年、人間にとって都合のいい植物を残し、植物の身体に人間の都合を少しずつ刻み込んでいったのである。
しかし、その生態系を維持するようになると、人間も好き勝手には動けなくなる。田には田の時間があり、水には水の都合があり、植物には生育の季節がある。水を共同で利用するのであれば、自分の田だけを考えているわけにもいかない。人間はイネをTameし、土地をTameし、水をTameしたが、その結果として人間自身も、イネと水と季節が作る時間のなかへ組み込まれていった。
人間が植物をTameすることと、植物によって人間の暮らしがTameされていくことが、すでにここでは同時に始まっているのである。
ムギ 未来を保存する植物
ムギのTamingもまた、人間の生活を大きく変えた。ムギの場合には、水田稲作ほど水そのものを制御しなくても、播種し、生育を待ち、収穫し、脱穀し、保存して、翌年もう一度播くという周期が、人間の生活に入り込んでくる。
ここで興味深いのは、農耕によって人間が「現在」だけではなく、未来を管理するようになることである。収穫したものをすべて食べてしまってはならない。次に播くための種を残さなければならないし、保存した穀物を湿気や害虫から守る必要もある。
そうなると、人間の時間感覚そのものが変わる。今年の収穫物のなかには、すでに来年の生活が含まれている。現在の欲望を少し抑え、まだ存在していない未来のために何かを残す。穀物を貯蔵できるということは、それを守るという行為を生み、蓄えがあるということは、それを誰のものとするのかという問題を生みうる。
もちろん、所有や国家や階層の成立をムギだけで説明することはできない。しかし、イネ、ムギ、トウモロコシのような主要穀物の栽培化と拡散が、人間社会の社会的・政治的組織の変化と深くかかわったことは、現在の栽培化研究でも重視されている。
植物を保存できるようになったとき、人間は同時に、保存する人間、計画する人間、未来を心配する人間になっていった。
アワとキビ 乾いた土地へ広がるTaming
アワやキビに目を移すと、農耕というものが水の豊富な場所だけから作られた世界ではなかったことが見えてくる。人間はどこでも同じ植物を植えたのではなく、それぞれの土地の気候や水や土壌に適した植物を見つけ、それとの関係を作っていった。
ここでTamingの意味は微妙に変わる。自然を人間に都合のい一種類の環境へ統一していくだけではなく、異なる環境にすでに存在する可能性を見つけ、その場所に合った植物を選ぶことで、人間の生活可能領域を広げていくからである。
この意味では農業は一つではない。同じ農耕でも、水田でイネを作る人間と、乾いた土地で雑穀を栽培する人間とでは、土地との関係も、水との関係も、時間との関係も違ってくる。
「農耕民」という一語でまとめてしまえば、この違いは消えてしまう。しかしTamingという目で眺めれば、人間は一つの方法で世界を征服したのではなく、さまざまな土地でさまざまな植物と異なる関係を結び、そのたびに異なる生活の形を作ったのだということが見えてくる。
ヒエ 周縁を生きられる場所にする植物
ヒエのような作物に目を向けると、さらに別の世界が見えてくる。文明の歴史を書くとき、どうしても大量の人口を養った主要作物ばかりが目立つ。しかし、人間が暮らした場所は、いつも主要作物にとって理想的な場所だったわけではない。
そのような場所にも、人間は暮らしてきた。Tamingを生産量の最大化だけで考えるなら、こうした植物は歴史の脇役になってしまう。しかし「どこまで人間が暮らせるようになったのか」という視点から見るなら、その意味は違ってくる。
イネが大量の人口を支える中心の風景を作ったとすれば、ヒエのような作物は、その中心から外れたところにも人間が生活できる余地を残したと考えることができる。
これは、中心を作るTamingではなく、周縁を生きられる場所にするTamingである。歴史に大きく書かれない人々が歴史の外にいたわけではないように、主要作物ではない植物もまた、人間の文明の外にあったわけではない。むしろ文明の縁を静かに支えていたのである。
ソバ 自然を作り替えずに生きる
ソバについて考えると、Tamingにはさらに柔らかな形があったことが分かる。ソバはイネ科の穀物ではないが、人間はその種子を穀物のように利用してきた。
ここで興味深いのは、人間が自然を徹底的に改造することだけがTamingなのではない、ということである。人間が自然に「私たちに合わせろ」と要求することもできる。しかし同時に、「この土地で育ってくれるものは何だろう」と探すこともできる。そこでは自然を人間の側に引き寄せるだけでなく、人間の側も自然へ歩み寄っている。
もちろんソバも栽培植物である以上、人間による選択を受けている。しかしTamingという大きな視点から見れば、そこには環境を全面的に均質化するのではなく、異なる環境のなかに残された余地を利用するという、別の生き方が見えてくる。
自然を完全に従わせることではなく、自然との折り合いを見つける。それもまたTamingの一つのかたちなのである。
トウモロコシ 自立を失って世界を獲得する
トウモロコシに来ると、人間と植物との関係はもっと劇的になる。トウモロコシは人間による選択を長く受けることによって、野生祖先とは大きく異なる姿になった代表的な作物であり、イネやムギと並んで世界へ広がった主要穀物でもある。
ここには、Tamingについての重要な逆説がある。
野生植物にとって重要なのは、人間がいなくても自分の子孫を残せることである。しかし栽培植物では、人間にとって収穫しやすい性質が選ばれていく。その結果として、植物の人間への依存度が高くなることがある。
それを単純に「退化」と呼ぶことはできない。なぜなら、自力で生きる能力の一部を失うかわりに、人間という途方もなく強力な協力者を獲得することがあるからである。人間は土地を耕し、種を播き、水を与え、競合する植物を取り除き、収穫した種子の一部を翌年また播く。そして何よりも、自分では移動することのできない植物を、山の向こうへ、大陸の向こうへ、ついには海の向こうへまで運んでいく。
ここで、奇妙な問いが浮かんでくる。いったい、どちらがどちらを利用したのだろう。人間がトウモロコシを利用したことは疑いない。しかしトウモロコシもまた、人間との関係のなかで途方もない繁栄を手にしたのである。
ジャガイモ 人間を別の世界へ連れていく
ジャガイモはさらに違った方向から、Tamingというものを見せてくれる。アンデスで人間がジャガイモを栽培するようになることによって、人間はその植物が持つ環境への適応力を自分たちの生活の一部として利用できるようになった。ここでは、人間が植物を自分の環境に引き入れただけではない。
植物の能力を借りることによって、人間の側が生活できる世界を広げていった。この関係は、ヒエやソバともどこか似ている。Tamingとは、世界のどこでも同じ植物が育つように環境を改造することだけではなく、その土地で育つことのできる植物と関係を結ぶことで、人間自身が新しい環境へ入り込んでいくことでもあった。
しかしジャガイモは同時に、Tamingの危険も教えてくれる。人間にとって都合のいいものに栽培を集中させ、多様性を失えば、生産は効率化する一方で、特定の病害などに対する脆弱性が大きくなることがある。
ここにはTamingの深い逆説が存在する。多様なものを揃えれば管理しやすくなる。しかし、揃えすぎれば、すべてが同じ弱点を持つようになる。この構造を見ていると、植物の話だけをしているとは思えなくなってくる。人間社会を均質化するTamingにも、どこか同じ危うさがある。
リンゴ 生存から欲望へ
そしてリンゴまで来ると、Tamingはまた違った表情を見せる。人間はリンゴがなければ生きていけないわけではない。少なくともイネやムギのような主食とは、人間との関係が違う。それでも人間は長い時間をかけて、自分たちが好ましいと思うリンゴを選び、残し、増やしてきた。
ここには、Tamingの新しい段階が見える。食べられればいいのではない。もっと甘いものが欲しい。もっと大きなものが欲しい。香りのいいものが欲しい。歯触りのいいものが欲しい。この実の味を来年も残したい。
つまり人間は自然に対して、単に「私たちを生かしてほしい」と要求するだけではなく、「私たちを喜ばせてほしい」と求めるようになったのである。
ここでTamingは、生存の技術から文化へと広がっていく。食べ物はカロリーだけではなくなり、味覚になり、香りになり、美しさになり、楽しみになり、記憶になる。人間は植物の身体のなかに、自分たちの欲望や美意識を刻み込むようになった。
植物にも「生きようとする意思」があるように見える
ところが、ここまで植物と人間との関係を眺めていると、どうしても一つの奇妙な感覚が生まれてくる。植物が人間のように考えているわけではない。植物が未来を想像し、「人間を利用して自分の子孫を増やそう」と計画しているわけでもない。進化に、そのような目的や計画を持ち込む必要はない。
それでも、何千年、何万年、もっと長い生命の時間で眺めていると、植物の側にも何としてでも生き延び、子孫を残し、自分の生命を未来へ受け渡そうとする**「意思のようなもの」**が働いているように見えてくる。
考えてみれば、植物はもともとさまざまなものを利用してきた。風を利用して種を運ぶ植物がある。動物に果実を食べてもらい、別の場所へ種を運んでもらう植物がある。植物がそれを考え出したわけではない。そのような性質を持った植物が結果としてより多くの子孫を残してきたのである。
そうであるなら、人間もまた、その長い関係のなかに現れた一つの存在だったと考えることができる。トウモロコシは人間を知らない。ジャガイモは船が何であるかを知らない。リンゴは人間が甘いものを好む理由など知らない。それでも、人間にとって有用であったり、おいしかったり、美しかったりする植物は、人間によって選ばれ、守られ、増やされ、遠い場所へ運ばれていった。
植物自身が一歩も歩かなくても、人間が代わりに世界中へ運んでくれる。植物自身が畑を作れなくても、人間が森を切り開いてくれる。植物自身が競争相手を排除できなくても、人間が雑草を抜いてくれる。植物自身が海を渡れなくても、人間が船に載せてくれる。
もちろん植物がそう仕向けたわけではない。しかし何千年もの結果だけを見れば、まるで植物が人間という巨大な移動装置、繁殖装置、環境改変装置を獲得したようにも見える。
そして人間のほうも、その関係から自由ではなかった。人間はイネを生かすために水田を維持し、ムギを生かすために種を保存し、トウモロコシを生かすために土地を耕し、ジャガイモを次の土地へ運び、リンゴのために果樹園を作る。植物が命令したわけではない。それにもかかわらず、人間は膨大な時間と労力を使って、特定の植物が生き、増殖できる環境を作り続けてきた。
ここまで来ると、「人間が植物をTameした」という言葉だけでは、この関係の半分しか表現していないような気がしてくる。
Tamingとは、関係を結ぶことだった
イネは人間を水と土地に結びつけた。ムギは、人間を播種、収穫、保存という未来へ向かう時間のなかに置いた。アワやキビは異なる環境で異なる農耕を可能にし、ヒエは文明の中心から外れた場所にも人間が暮らせる余地を広げた。ソバは、自然を全面的に作り替えなくても自然と折り合って生きる道を残した。トウモロコシは、自立性を一部失うことと繁栄することが必ずしも矛盾しないという奇妙な関係を示し、ジャガイモは植物の能力を借りることで人間の生活圏を広げた。そしてリンゴは、生き延びるためだけではなく、喜びや味覚や美しさのためにも、人間が植物を変えていくことを示した。
それらをすべて「栽培化」という一つの言葉で括ることはできる。しかしTamingという視点から眺めれば、それぞれは違う植物と人間との間に結ばれた、異なる「契約」のように見えてくる。
そして、その契約を結ぶたびに、人間も変わった。畑を作れば、そこへ戻るようになる。種を播けば、収穫を待つようになる。穀物を蓄えれば、それを守るようになる。水路を作れば、維持しなければならなくなる。他人と水を共有すれば、協力や規則が必要になる。特定の植物に依存すれば、その植物を失うことを恐れるようになる。
人間は植物を変え、植物によって人間の暮らしも変わる。その変わった人間が、さらに植物を変えていく。
そう考えると、Tamingとは、強いものが弱いものを一方的に支配することだけではないのかもしれない。一つの存在が別の存在と関係を結ぶことによって、双方が以前と同じ存在ではいられなくなり、その関係から簡単には戻れなくなること。 それもまたTamingなのではないだろうか。
植物に人間のような意思があるわけではない。それでも植物と人間の長い歴史を眺めていると、生命そのもののなかに、形を変え、別の生命を利用し、ときには別の生命に利用されながら、それでも未来へ続いていこうとする、意思に似た何かがあるように感じられる。
そして、その視点に立つと、農耕の始まりも違って見えてくる。それは「人間が自然を征服した瞬間」だったのではない。人間が他の生命との深い相互依存のなかへ入り、自分の自由の一部分と引き換えに、安定や蓄積や人口や味覚や文明を手に入れ始めた瞬間だったのかもしれない。
だとすれば、Tamingの歴史は、王や国家や宗教から始まったのではない。もっと静かなところから始まった。野に落ちた種を拾った誰かが、それを食べてしまわずに、来年のために残した。そして、もう一度同じ場所へ戻ってきて、その種を土のなかに置いた。
その人は、自分が文明を始めようとしているとは知らなかっただろう。植物のほうも、人間と契約したとは知らなかった。それでも、その小さな出来事から、人間は植物の生命のなかへ入り込み、植物は人間の生活のなかへ入り込んだ。どちらにも、相手をTameしようという壮大な計画などなかった。それでも長い時間が過ぎたあと、二つの生命は、互いがいなかったころとはまったく違う姿になっていた。
もしかすると、Tamingとは最初からそういうものだったのかもしれない。何者かが何者かを完全に支配することではなく、関係を結んだもの同士が少しずつ互いを変え、その関係によって新しい可能性を得るかわりに、それ以前には持っていた自由の一部を失っていくこと。その意味では、人間が植物をTameした一万年ほどの歴史は、人間が文明によってTameされていく、ずっと長い物語の始まりでもあったのである。