Pierre Petroff
気候変動は重大な危機なのか?(西岡秀三)
近年、温暖化研究者が予測していたとおりの気候システム変化とそれによる気候災害が頻繁に観察されるようになってきました。大気、降水、水文、生態系、土壌、海洋、氷床等の気候要因が、より高温の方向にずれ始め、それに伴い、いままであまりみられなかった事象が、各地で一斉に増え始めたのです。巨大化台風の迷走、気象災害と酷暑の毎夏、山火事の多発、白濁米増加と越冬が可能になったイネカメムシの被害、ふるさと納税の目玉サクランボの不作、冬眠時期を間違えた徘徊クマ、北の港でぶりの豊漁、四季が二季になりアパレル業界の当惑、など温暖化の影響はもうわれわれの生活の足下にまで迫ってきています。2年前のメディアではこれらは地域の面白ネタとしてバラバラに紹介されていましたが、これらのすべてが温暖化研究で予想されていた気候システム変化に伴う一貫した事象です。世界中で起こっている気候災害のどれが自然起源でどれが温暖化の影響なのかの判定研究も進み、それらの多くは温暖化がなければ起こり得ないものであることが検証されています。
Leonard Koren (Wabi-Sabi)
Hexagone (France)
北欧での平等(Copilot)
北欧で格差が広がりにくいのは、制度設計・文化・政治の信頼性が高く、富の再分配が機能しているからです。特に「高負担・高福祉」の仕組みと平等主義の価値観が大きな要因です。
🇸🇪🇩🇰🇫🇮 北欧諸国で格差が抑えられる主な理由
1. 🏛 高福祉・高負担の税制
- 所得税・消費税が非常に高く、富裕層からの徴税が強力。
- 相続税も高めで、資産の世代間移転に歯止めがかかる。
- 再分配が徹底されており、低所得者層への支援が厚い。
2. 🎓 教育・医療の無償化
- 大学まで授業料が無料(例:ノルウェー、フィンランド)。
- 医療費もほぼ無料に近く、保育園も所得に応じて安価。
- 家庭の経済力が子どもの将来に直結しにくい。
3. 🤝 労使協調モデル
- 労働組合の加入率が高く、賃金や労働条件が広くカバーされる。
- 最低賃金も実質的に高水準で、労働者の尊厳が守られる。
4. 🧠 平等主義の文化
- ノルウェーの「ヤンテの掟」のように、富や権力を誇示することが嫌われる。
- 社会的弱者を支えることが「普通のこと」とされる。
- 富裕層も極端な蓄財をしにくい空気がある。
5. 🗳 政治の透明性と信頼性
- 汚職が少なく、税金の使い道に納得感がある。
- 国民が「自分たちの制度を支えるために税金を払っている」と感じている。
💡 それでも格差ゼロではない
- グローバル資本やデジタル経済の影響で、資産格差はじわじわ拡大中。
- ただし、他国に比べて拡大スピードは緩やかで、社会的な分断は少ない。
北欧の例は、「格差は制度と文化で抑えられる」という希望を示しています。つまり、格差の是正は可能であり、社会の選択次第なのです。
Margrethe II of Denmark
ヤンテの掟をひっくり返して、こう言いましょう。「自分が何者でもないなどと思うべきではない! 私たちは自らの価値を信じ、デンマーク人としても自分が何かしらの重きをなしていることを信じるべきである」と
FUCK JANTELOVEN by Anja Andersen(アニャ・アナスン)
Janteloven(ヤンテの掟)by Aksel Sandemose
- You’re not to think you are anything special.
- You’re not to think you are as good as we are.
- You’re not to think you are smarter than we are.
- You’re not to imagine yourself better than we are.
- You’re not to think you know more than we do.
- You’re not to think you are more important than we are.
- You’re not to think you are good at anything.
- You’re not to laugh at us.
- You’re not to think anyone cares about you.
- You’re not to think you can teach us anything.
医師一患者関係(吉田李佳)
日本の医療が患者本位になりきれない要因の一つとして、「個の尊盤」を促す契機の欠如が挙げられる。キリスト教倫理に基づく人権思想は、人間の個別性の尊重や弱者の権利の保護という発想の契機となり得る。しかし思想的基盤を異にする日本では、欧米的な個人蓉重の考え方は十分に消化されておらず、医療においても西欧近代の科学的合理性のみか積極的に受容されている感がある。
日本における「個」の概念の薄弱さは、医師への過度の依存という派生的事情を生み易い。医療への期待と信頼の医師への投影が、医療的判断や処置の一切を医師に委ね切る態度として表われる。病名告知に関する社会的合意形成の困難さの背後にも、このような日本人の自律性の未熟さか潜んでいると思われる。医師に対する従属的、依存的な態度は、医療におけるバターナリズム(強い立場にある者が、弱い立場にある者の利益のためだとして、本人の意志は問わずに介入・干渉・支援すること)と、個々人の生の質を捨象した延命至上主義的な医療の傾向を助長し、医療における非人間性を惹起することになる。しかし、日本の精神的風土においては、弱者(息者)が自分の希望ないし権利を主張することには、今なお心理的な規制がかかりやすい。医療が真に患者本位のものとなるためには、このような事情ヘの認識と、実情に即した対応が必要となる。




