ホワヒンの夜

2025年1月30日~2月6日

 
まだダメと言ったところで日は沈む
あたりの色をみんな奪って

もう少し海辺でくつろいでいたい。そう思っても日は沈み、あたりは真っ暗になる。さっきまで周りに溢れていた色がみんな消え、あたりは闇に包まれる。

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広場にはギタリストとか絵描きとか
僕のできない ことをする人

Hua Hin(ホアヒン)の Cicada Market(シカダマーケット)で、海の絵を描いている白人の男がいた。決して若くない男は、鮮やかな青と白とを、キャンバスに塗り込める。舞台ではバンドの隅に立つギタリストが不思議なメロディーを奏でている。私がなれなかったことをする人たちを見ても、なぜか羨ましいとは思わない。そう、なぜか、羨ましくない。

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着飾ってマッサージ店で客待つ娘
いくら貰って何をされるや

ユニフォームを着ずに、化粧をして着飾って、マッサージ店で客を待つ娘。少しでも男の気を惹くように、作り笑いも忘れない。運よく客が付いたとして、客の目的がマッサージ以外のとき、娘に理不尽な要求を拒むことができるのか。高額の紙幣を見せつけられて、言うことを聞くしかないのだろうか。

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広場から電気が消えて人消えて
なんだったんだ あのフレーズは

昨日はあれほど賑わっていた広場の露店が、今日は休み。真っ暗だ。人がひとりもいない。あたりを包んでいたあの騒音が、まるでなかったかのように思える。あれはいったいなんだったのだ。そう、なんだったのだ、あのギターのフレーズは。

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カップルは愛で繋がる集合体
あのカップルもこのカップルも

愛といえば、なんでも許される。そういう風潮からか、戦争から逃れてきたカップルや災害から逃れてきたカップルが、愛の逃避行を演ずる。残念ながら、逃避行は物語ほどには美しくはない。

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観光地 戦火を逃れた人がいて
カネで遊ぶ人とすれ違う

いいヤツと悪いヤツはどの国にもいる。でもタイの観光地には、世界中の悪いヤツが集まって来ている感じが、なくはない。大麻屋で大麻を買い、カネで女を買う男たちを見ていると、ついそんなことを考えてしまう。

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人としてつんでしまった老人を
受け入れるほど甘くはない

街角で商売女の情報交換をしている男たち。大麻店で値切ろうとしている男たち。女の留守に女に代わって露店を守る男たち。どの男も老いていて、ある意味終わっている。そんな男たちのいることのできる場所は、カネが減るとともに狭くなり、最後にはなくなる。つんでしまうのだ。

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ここはタイ 地元の料理はおいしいよ
そう思っても食べたいおにぎり

タイに来てまで日本のものを食べなくてもいいじゃないか。そう思っても、おにぎりが食べたい。無性に食べたい。梅干しおにぎり。おかかおにぎり。

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あの国の言葉がやたら気に障る
不快も嫌悪も偏見なのか

あの国から来た人たちの言葉がうるさく聞こえる。違ったモラルを持っているからなのか、それとも大声で話すからなのか。彼らに問題があるのか、私に問題があるのか。私だとすれば、この不快も嫌悪も偏見だというのか。

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君が買った額に入った絵葉書が
絵画のように輝いている

君は絵を見て感激し、額に入った絵葉書を二枚買い、二つの額を机の上に置いた。カオ・タキアップをバックに、陽のひかりのなか、海が、空が、砂浜が輝いている絵葉書と、朝日に照らされ、海が、空が、砂浜が赤く染まっている絵葉書。どちらも本物の水彩画のようだ。

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入るのを躊躇している私たちに
ここは美味いと客たちが誘う

レストランの前まで来て、あまりのみすぼらしさに入るのを躊躇していたら、そこですでに食べている客たちが笑いながら、ここは美味いよと言って私たちを誘った。私たちは店に入った。美味しかった。

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君が好きな海の絵画を眺めてる
ロックバンドのメインボーカル

君のお気に入りの海の絵を眺めている人がいる。よく見ると、先週ここのステージで演奏していたロックバンドのメインボーカルじゃないか。声のいい、動きがカッコいい、あのメインボーカル。今日も歌うのだろうか。

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君の持つ辛く悔しい思い出を
忘れさせたい忘れてほしい

僕のせいで、君が辛く悔しい思いをしている。悪い思い出にとらわれている。僕にできることは少ない。いい思い出を塗り重ね、悪い思い出を忘れさせたい。いや、悪い思い出を忘れてほしい。

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あの夜から50余年の時を経て
思い出の曲を南国の地で聴く

ホワヒンの金・土・日の週末にしか開かない広場で、カッコいいとしか形容のできないバンドの演奏を楽しんだ。タイ語の曲が何曲か続いたあとに「Black Magic Woman」が、そして「Unchained Melody」が始まった。君が演奏に合わせて歌う。遠い時間を越え、遠い場所を越え、何かが蘇った。

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日の出から日の入りまでの昼よりも
明けない夜があれば好きかも

ホワヒンの夜は静かで長い。暗い海辺に佇めば、永遠を感じる。夜明けが来ない夜はないと流行歌が言うけれど、夜明けが来ない夜があったら結構好きかもしれないと思った。そのくらい、ここの夜はいい。

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