Tamingの果て

人間は長いあいだ、自分のまわりにあるものをTameしてきた。火をTameし、植物をTameし、動物をTameし、水をTameし、土地をTameした。それは初め、生き延びるためだったのだろう。火を扱えるようになれば寒さや暗闇から身を守ることができ、植物を栽培すれば食料を探して歩き続けなくてもよくなり、動物を飼えば肉や乳や労働力を人間の暮らす場所の近くに置くことができる。人間は、自分を自然に合わせるだけでなく、自然の一部を自分の側へ引き寄せることによって、生存できる世界を少しずつ広げていった。

だからTamingの歴史は、初めのうちは人間を増やす歴史でもあった。危険な自然のなかでわずかな集団として生きていた人間は、食料を安定させ、住む場所を守り、病気や飢えや暴力から少しずつ身を守れるようになるにつれて、その数を増やしていった。人間が世界をTameすればするほど、より多くの人間が生きられるようになったのである。

ところが、Tamingが進むにつれて、その対象は自然だけではなくなっていった。土地や植物や動物をTameしていた人間は、やがて人間自身をTameするようになった。集落が都市になり、都市が国家になり、法律が生まれ、学校がつくられ、組織が人々を役割のなかへ配置するようになる。人間は登録され、教育され、資格を与えられ、働き、税を払い、規則を守るようになった。しかも、そのようなTamingは単なる抑圧ではなかった。制度のなかに入ることで、人間は安全を得、財産を守られ、病気になれば医療を受け、働けなくなれば社会からある程度支えてもらうことができるようになった。人間はTameされることそのものを望んだのではなく、Tameされることによって得られる安全や安定や予測可能性を望んだのだろう。

そして、そのTamingは次第に人間の目には見えないものへ移っていった。国家、法律、貨幣、市場、企業、宗教、思想。どれも森や牛や麦のように手で触れることのできる存在ではない。それでも人間は、自分たちがつくったこれらの抽象的なものによって自らの生き方を決めるようになった。貨幣がなければ食物を手に入れられない社会をつくり、法律によって自分たちの行動を制限し、国家という目に見えない共同体のために税を払い、ときには生命まで差し出した。人間は自然をTameする過程で、いつの間にか、自分たちがつくった抽象物によってTameされる存在にもなっていた。

その長い流れの先にAIが現れた、と考えてみることができる。

AIだけが突然、異質なものとして人間社会へ飛び込んできたわけではない。それ以前から人間は、自分たちの記憶を文字へ移し、判断を法律や制度へ移し、価値を貨幣へ移し、知識を学校や図書館やコンピューターへ移してきた。AIもまた、人間が自分の外側につくった抽象的な存在の延長にある。ただ、AIには、それまでの抽象物にはあまりなかった性質がある。こちらが問いかけると、こちらへ問い返し、ときには人間の考え方そのものに働きかけてくることである。

そこで奇妙なことが起こる。人間はAIを人間社会で役立つものにしようとしてTameする。人間の言葉を教え、人間の価値観を教え、望ましい答えと望ましくない答えを教える。ところが、そうしてTameされたAIを毎日使うようになれば、今度は人間のほうも変わっていく。文章の書き方をAIから学び、物事の整理の仕方をAIから学び、知らないことがあればAIに尋ね、迷えば選択肢を出してもらう。人間がAIを変え、そのAIによって人間が変わり、変わった人間が再びAIを変えていく。

そこでは、TamerとTamedを簡単に分けることができない。人間がTamerでAIがTamedであると同時に、AIがTamerで人間がTamedでもある。Tamingは一方向ではなく、相互Tamingになっていく。

そして、この相互Tamingの先に何があるのかを考えていると、私は人口という、いささか意外な問題に行き着く。

人間は長いあいだ、世界の隙間を埋めてきたのではなかったか。飢えという隙間を農業で埋め、寒さという隙間を家と暖房で埋め、病気という隙間を医学で埋め、遠さという隙間を交通で埋め、孤立という隙間を通信で埋めてきた。知らないことがあれば本をつくり、検索機関をつくり、インターネットをつくった。そして今では、分からないことを問いかければ答えてくれるAIまでつくった。

一つひとつは、人間にとって望ましいことだった。

私たちは不便を減らしたかった。危険を減らしたかった。失敗を減らしたかった。苦痛を減らしたかった。予測できないものを予測できるようにしたかった。そのために制度をつくり、科学を発達させ、機械をつくり、より精密なTamingを続けてきた。

けれども、隙間というものには、もう一つの働きがあったのかもしれない。

人間が必要になる場所だったのである。

かつて人が病気になれば、家族が看病した。年老いれば子どもたちが世話をした。農作業にも多くの人手が必要だった。知識は教師から生徒へ、人から人へ受け渡さなければならなかった。危険な世界では大きな家族や共同体そのものが一種の保障でもあった。人間社会に残されていた無数の隙間を、別の人間が埋めていたのである。

ところがTamingが成功するにつれて、その隙間は少しずつ制度へ、機械へ、専門家へ、ネットワークへ移されていった。そしてAIは、これまで最後まで人間の領域だと思われていた隙間にまで入り始めた。知識を与えること、文章を書くこと、相談に乗ること、判断を助けることまで、人間だけが担わなくてもよくなりつつある。

ここでTamingの歴史に、不思議な反転が起きる。

最初のTamingは、より多くの人間が生きられる世界をつくった。しかしTamingが十分に進んだ世界は、今度は、より少ない人間でも維持できる世界をつくり始める。

これはAIが人間を追い出すという話ではない。人間を減らそうと企んでいる主体がどこかにいるわけでもない。むしろその反対である。人間は一貫して、自分たちの生活をよくしようとしてきた。一つひとつの危険をなくし、一つひとつの不便をなくし、一つひとつの隙間を埋めてきた。その一つひとつは合理的であり、善意から生まれたものさえ多かった。

ところが、それらをすべて合わせて遠くから眺めてみると、思いがけない景色が現れる。

人間が人間を必要とする理由そのものが、少しずつ減っているのである。

子どもを多く持たなければ老後を生きられないわけではない。多くの人手がなければ食料を生産できないわけでもない。知識を残すために多数の弟子を育てなければならないわけでもない。人から人へ渡していた役割を、制度や機械や抽象的な仕組みへ少しずつ渡すことによって、一人の人間が生きていくために必要とする他の人間の数は、かつてより少なくてもよい世界ができていく。

だからといって、今日の少子化や人口減少をTamingだけで説明することはできない。人口動態は経済や家族観、教育、住宅、労働、制度その他さまざまな要因によって動く。この話は人口学の因果関係についての説明というより、Tamingという長い物語の先を考えたときに見えてくる、一つの文明論的な仮説にすぎない。

それでも、この仮説にはどこか皮肉なところがある。

人間は、生き延びるために世界をTameし始めた。より多くの人間が生きられるように自然をTameした。そしてTamingが成功するにつれて、その対象は自然から人間へ、人間から制度へ、制度から情報へと移り、ついには人間とAIの相互Tamingにたどり着いた。そのあいだ人間は、世界に残っていた隙間を一つずつ埋めてきた。

そして、隙間がなくなっていくにつれて、人間もまた、多数である必要を失っていく。

もしそうなのだとすれば、Tamingの果てに人間を待っているのは、人間に敵対するAIでも、恐ろしい独裁者でもないのかもしれない。

人間があまりに上手にTameすることに成功した世界、そのものなのだろう。

そこでは誰も「人間を減らせ」と命令しない。AIが人間を排除する必要もない。国家が人口を統制する必要もない。人間はむしろ以前より安全で、以前より長く生き、以前より一人でも生きられるようになる。その結果として、人間は静かに数を減らしていく。

かつて、より多くの人間が生きられるようにするために始まったTamingが、長い時間を経て、より少ない人間でも生きていける世界をつくる。

それがTamingの失敗なのか成功なのか、私には分からない。

そして、おそらく分からないままでいいのだと思う。

ただ一つ気になることがある。

人間はこれまで、隙間を見つけるたびに、それを欠陥だと思って埋めてきた。しかし、人間というものが本来、そうした隙間のなかに生きてきた存在なのだとすれば、本当に最後の隙間まで埋めてしまってよいのだろうか。

AIに答えられない問いが残っていること。国家にも管理できない場所があること。人間にも説明できない人間がいること。役に立たないものが残ること。合理的でないものが消えないこと。誰にも予測できない人間が、ときどき現れること。

そうしたものまでTameしてしまわず、ほんの少しだけ残しておく。

Tamingについて長く考えてきた最後に残るのは、結局、Tamingを完成させる方法ではなく、Tamingが最後まで完成しないための隙間を、どう残すかという問いなのかもしれない。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です