西南役伝説(石牟礼道子)

侍さんでもな、死のうごつはなかろもん。田んぼの藁小積みば間にしてな、両方とも斬られんごつぐるぐる廻ってなあ、おめき合うたり、突っこけたりして、勝負のつくまではそらもう大事、畠も作もそこらじゅう踏んで踏んたくって、しちゃくゎちゃ使いもんにならん如してしもうて、殺す方も殺される方も泥まみれになって、何のわけで殺し合いばしなはるだろうか。おるげの息子もあぎゃん目に遭うたっだろ、よう生きて戻ったたい。いくさのなんの、しんからの百姓なら出来んばい。暗きから暗きさね起きて作ばつくろうちゃ、どういう大ごつな。踏んで踏み固めてなあ、畠も田も使いもんにならんようにしてしもて。いくさの通った跡は、百姓がどのくらい大事か。迷惑なこつ、ほんなこて。

西南役伝説(石牟礼道子)」への3件のフィードバック

  1. phrh205455 投稿作成者

    あとがき

     なんともおかしげな気持の残る本である。

     ・・・

     目に一丁字もない人間が、この世をどう見ているか、それが大切である。権威も肩書も地位もないただの人間がこの世の仕組みの最初のひとりであるから、と思えた。それを百年分くらい知りたい。それくらいあれば、一人の人間を軸とした家と村と都市と、その時代がわかる手がかりがつくだろう。そういう人間に百年前を思い出してもらうには、西南役が思い出しやすいだろう。始めたときそう思っていた。それは伝説の形であるだろう。例えば天草の乱の底などに流れている「隠れ」の思想が現代ではどうなっているか。「伝説」から読み解けないであろうか。それのほの見える入口に立ったかと思う。

     ・・・

     世の中とわたしがなにやらとんちんかんであるのは、この種のタイムトンネルをいくつもいくつも持っていて、そこに出這入りしているせいにちがいない。

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  2. phrh205455 投稿作成者

    第三章 男さんのこと

     ああ、西郷さんのいくさのことな。まだそん時まで刀のいくさでな。鉄砲の音もちっとは、ぱちぱちしよったばってん、こんだのいくさの如、飛行機てろ、ばくだんてろ、怖しかもんは出来とらんだったばな。それでもな、兵隊さんたちゃ、粥も食いださんごつして、餓だるか目にばっかり遭うておんなったろ。おるげの息子も、ああいう目にばっかり遭うとったっだろ。親は往たこともなか遠かところで、四十年も、気も狂うたいなあ。
     刀のいくさはな、芝居のように、品の良うはいかん。
     侍さんでもな、死のうごつはなかろもん。田んぼの藁小積みば間にしてな、両方とも斬られんごつぐるぐる廻ってなあ、おめき合うたり、突っこけたりして、勝負のつくまではそらもう大事、畠も作もそこらじゅう踏んで踏んたくって、しちゃくゎちゃ使いもんにならん如してしもうて、殺す方も殺される方も泥まみれになって、何のわけで殺し合いばしなはるだろうか。おるげの息子もあぎゃん目に遭うたっだろ、よう生きて戻ったたい。いくさのなんの、しんからの百姓なら出来んばい。暗きから暗きさね起きて作ばつくろうちゃ、どういう大ごつな。踏んで踏み固めてなあ、畠も田も使いもんにならんようにしてしもて。いくさの通った跡は、百姓がどのくらい大事か。迷惑なこつ、ほんなこて。

     ・・・

     なんだったかいな、ああ西郷さんのいくさな、通らしたばい。わたしが十過ぎ時分の頃だったろ。
     早鐘のじゃんじゃん鳴ってな、いくさになるかもしれんけん、女子供は怪我せんごつ隠れとれちゅうことでな、女子供も隠さにゃならんが、米味噌も穴掘って隠せちゅうてな、子どものことだけん、ふだんと違うて、親どんが走り廻ることが珍しかぐらいのことだった。
     それでな、鐘の鳴りだしたけん、そら隠れろちゅうて、やっぱり胸のどろどろしだすたいな。鉄砲の音のぱちぱち聞こゆるもん。
    「外に出るな!」
     ちゅうて親どんがおめく。もう大騒動。畳ば残らず剝いでそれを屋根にして、家の中にもういっちょ屋根作ってな、その中に屈んでおりよったばい。胸はどろどろさせて。
     そしたらいっときしたら鉄砲の音の止んで、兵隊さんたちの四、五人連れ、来らしたもん。ありゃどこの言葉だったろか、言葉のちがうけんな、はじめはおとろしかった。で、その人たちが、おどんたちが隠れとるのに感づいてな、屈んで来て、よそ言葉で、
    「ほんにすまんばってん、鍋ば急いで貸して下はるまっせ」
     ち云いなったもん。それで、かかさんの這うて出て、
    「いっちょしか無かつん欠け鍋でござりますばって」
     ちゅうて鍋ば差し出してやらしたたいな。そしたら、
    「いんねいんね、どういう鍋でもよか、鍋でさえあれば。持ってゆきゃしまっせん、貸してもらいます」
     ちゅうて、
    「こんどはついでに、くども貸してくだはりまっせ」
     ち、云わした。よその言葉でな、丁寧に云わした。
    「くどはそこに座っとりますたい」
     ち、かかさんの云わした。
     兵隊さんたちの、自分共が袋から米ば出してな、磨いで、まま炊きに仕かからしたもん。
     良うか按配に匂いのしだしたと思うころ、まぁた鐘の鳴り出したたい。そしたらな、兵隊さんたちの、めんめんに舌打ちしてな、
    「せっかく炊いたかいもにゃあ」
     ちゅうて半分笑いして、鉄砲摑んで往ってしまわした。
     良か粥の出来とったもんな。かかさんの、
    「せっかく炊いたかいもにゃあ」
     ちゅうて真似してな、蓋をとってみて、
    「良かお米の粥のでけとる。食べに戻って来らすかな……来らすまいなあ」
     ちゅうて、おどんたちも良か匂いのするもんだけん気になってな、鍋のまわりに屈んで待っとった。そしたらいつまででも来なはらん。
    「仕様んなか、待っとるばってん来なはらん、来らすまいなあ。もったいなか、御馳走になろ」
     ちゅうて、おとろしかまかせの一日だったけん、餓だるうなって、兵隊さんの食べださずにゆきなはったお米の粥は、ごっつおになってしもうたたい。お米の粥のなんの、病気になっても食われんだったもん、麦の粟のちばっかり食いよったけん。いくさにゃまあ、お米持って漂浪かすとばいな。
     あんときの兵隊さんな思えば餓だるかったろて。ほんにいくさは難儀ばいな、粥も食いださん如。弾にも当らず斬られもせず、我が家にもどり着かしたもねろ。どこどこの人たちだっただいろ。
     西郷さんのいくさの通らしたのはその日一日だけだった。

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