日本が仕掛けている歴史戦(篠田英朗)

高市早苗首相は、日本はもはや戦争中の行為のために近隣アジア諸国に謝罪をし続ける必要はない、そもそも日本は自衛権を行使していたにすぎない、という右翼的な発言で知られた政治家だ。その姿勢が、日本の国内世論では支持を得て、高い支持率を維持してきた。ただし、国内における政権支持率は、当然のことながら、対外政策における主張の妥当性までを保証するわけではない。
中国に対して毅然とした態度をとるべきだ、という主張が、歴史をいくぶんか恣意的に解釈するのは当然のことである、といった安易な姿勢につながっていくとすれば、それは長期的には日本の足元をふらつかせる悪影響をもたらす恐れがある。

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  1. phrh205455 投稿作成者

    中国・習近平政権はもちろん、アメリカ・トランプ政権とも相容れない高市政権の「歴史戦」を危ぶむ理由

    by 篠田英朗

    中編「中国が「日本が第二次世界大戦時の軍国主義を復活させている」と非難し続けるのはなぜか…「歴史戦」を読み解くために必要な視座」で、米中首脳会談における「第二次世界大戦の同盟国」という立場の特に中国側における意味を解説した。それは日本の高市政権にとってどのような意味を持つのか。

    日本が仕掛けている歴史戦の性格

    日本政府関係者や識者の多くが、米中共同声明における「米中両国は第二次世界大戦中の同盟国」という表現に衝撃を受けたのは、アメリカとの同盟関係を活用して、中国と対峙していきたいからだ。アメリカと中国が接近してしまっては、その目論見が崩れる。

    これを上述の歴史戦の文脈で言うと、もしアメリカと中国がお互いを一つの文明圏/勢力圏を持つ地域覇権国とみなし合うならば、独自の文明圏あるいは勢力圏を持たない日本は埋没してしまう、ということでもある。「大陸系地政学理論」の世界観は、高市政権が目指す米国との同盟関係を基盤にして中国と対峙していく路線とは、相いれない。

    日本としては、どうしても「英米系地政学理論」の世界観に沿って、海洋国家群と大陸国家との対立の図式の中で、海洋国家群を取り仕切るアメリカの優良な同盟国として、中国と対峙していきたい。

    かつて日本は、20世紀初頭に、日英同盟を結んでイギリスとの同盟関係を構築しながら、アメリカとも友好関係を持ち、海洋国家のネットワークを基盤にして、大陸の内奥部から膨張政策をとってくるロシアを封じ込めるために日露戦争にも踏み切った。これは「英米系地政学理論」の体系に沿った外交政策であったと言える。

    日本人がある種の焦燥感を覚える理由

    ところが日露戦争後は、日本はアメリカとの関係が悪化し、その結果として日英同盟も解消せざるを得なくなった。日本の陸軍が中国大陸への進出を広げていくと、日本と米英諸国との対立関係は深まった。そこで日本は同盟関係を変更し、日独同盟へと転換していった。

    その流れの背後には、ドイツの地政学者・カール・ハウスホーファーがいた。彼こそが、ヒトラーに「生存圏(Lebensraum)」の考えを授け、日本の「大東亜共栄圏」との連携を含む、「圏域」を持つ地域覇権国の間の同盟関係の意義を説いた人物であった。典型的な「大陸系地政学理論」の世界観に沿った政策論であった。

    世界恐慌後のブロック経済の進展を経て発生した第二次世界大戦は、地域覇権諸国が二つに分かれて戦った戦争でもあった。西半球世界で「モンロー・ドクトリン」の勢力圏を持っていたアメリカ、ユーラシア大陸の中央部で共産主義国家の勢力圏を持っていたソ連、ナチス・ドイツが崩壊した後にヨーロッパの覇権国となるべきイギリス、そして大日本帝国が崩壊した後にアジアの地域覇権国となるべき中国は、ドイツと日本を封じ込めるために同盟関係を持った。この見通しの基本図は、現在の国連安全保障理事会の常任理事国の構成に反映されている。

    こうした経緯から、「米中両国は第二次世界大戦時の同盟国」という表現からは、どうしてもサンフランシスコ平和会議は不当が出てきてしまう。日本人がそこにある種の焦燥感を覚えるのは、致し方ないところもある。

    高市早苗の歴史観がもつ危うさ

    しかし、だからといって、日本が、日本国内ですら「片面講和」として大きな批判を受けた「サンフランシスコ平和条約」こそが、条約当事国ですらない中国であっても受け入れなければならない東アジアの秩序の基盤だ、とあえて主張するならば、どうなるか。中国との対話を拒絶するような効果しかもたらさないことは、必至である。

    サンフランシスコ平和条約が、条約当事国を超えて有効性を持つと主張するような態度は、言うならば、冷戦体制の仕組みの復活を願っているかのようなものに見えてしまう。「片面講和」のサンフランシスコ平和条約は、冷戦時代の世界の二極分化を前提にして成立したものだ。その体制は、アメリカと日本が、その他の海洋諸国との同盟関係を強固にしつつ、大陸側の中国とソ連(ロシア)と対峙していく、という世界観によるものだ。日本とその他の条約締約国にとって大きな意味を持つとしても、中国が条約当事国ではない、という事実を変更することはできない。

    高市早苗首相は、日本はもはや戦争中の行為のために近隣アジア諸国に謝罪をし続ける必要はない、そもそも日本は自衛権を行使していたにすぎない、という右翼的な発言で知られた政治家だ。その姿勢が、日本の国内世論では支持を得て、高い支持率を維持してきた。ただし、国内における政権支持率は、当然のことながら、対外政策における主張の妥当性までを保証するわけではない。

    中国に対して毅然とした態度をとるべきだ、という主張が、歴史をいくぶんか恣意的に解釈するのは当然のことである、といった安易な姿勢につながっていくとすれば、それは長期的には日本の足元をふらつかせる悪影響をもたらす恐れがある。

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