野原で草を食べている牛を見ると、それがとても古い動物であるように感じる。牛は昔から牛であり、人間はその牛を捕まえ、飼い、乳を搾り、肉を食べるようになった。そんな素朴な歴史を思い浮かべてしまうけれど、現代の牛をそのまま昔の野生牛の延長として考えることはできない。人間と牛との長い関係のなかで、牛の身体そのものが、人間の目的によって作り替えられてきたからである。
牛の主要な祖先だった野生のオーロックスは、人間に乳を与えるためにも、肉になるためにも生きていなかった。大型の草食動物として、人間とは無関係の生を営んでいた。その子孫の一部が人間との関係に入り、長い時間をかけて家畜牛になっていったのだが、人間は単に野生牛をおとなしくしただけではない。乳を多く出すもの、肉を多くつけるもの、人間の管理下で扱いやすいもの、その土地の暑さや寒さに耐えるものを選び、それらを繁殖させてきた。やがて近代的な育種が進むと、乳を生産することを主要な役割とする牛と、肉を生産することを主要な役割とする牛との違いが、身体にまで深く刻み込まれていった。
もっとも、牛が草食になったこと自体はTamingの結果ではない。祖先のオーロックスも草や葉を食べる大型草食動物だった。牛という動物にはもともと、人間がそのままでは利用しにくい植物を、反芻と微生物の働きによって栄養へ変える能力があった。人間が見つけたのは、その能力だったのだろう。草を食べる動物を、人間はやがて「草を乳へ変えるもの」「草や飼料を肉へ変えるもの」として見るようになった。
ここには、Tamingの重要な特徴が現れているように思う。Tamingとは何もないところから能力を作り出すことばかりではない。ある生命がもともと持っていた性質のなかから、人間にとって都合のいいものを見つけ、それを極端に拡大していくことでもある。牛は乳を出す動物だった。しかし乳牛は、人間が必要とするほど大量に乳を出す身体へと導かれていった。牛にはもともと筋肉があった。しかし肉牛は、人間が望む場所に望むように肉がつく身体へと選抜されていった。牛という一つの生命のなかにあったさまざまな可能性のうち、あるものだけが人間によって選ばれ、増幅され、やがて「乳牛」「肉牛」という別々の役割を担う身体になっていったのである。
それは牛にとって成功だったのだろうか。
この問いは、思っていたより難しい。個体数を増やし、生息範囲を広げ、遺伝子を後世に残すことを生存戦略の成功と呼ぶなら、家畜牛はおそろしく成功した動物だからである。野生のオーロックスは消えた。それに対して、そのTameされた子孫たちは、人間とともに世界中へ広がった。牛自身が海を渡る必要すらなかった。人間が船に乗せ、鉄道で運び、牧場を作り、餌を用意し、病気を治療し、繁殖を助けた。
牛は、自分自身の力だけで地球上へ広がったのではない。
人間の欲望を乗り物にして、世界へ広がったのである。
これは生存戦略として考えれば、驚くほど強力だった。人間にとって役に立つ生命になれば、人間が守ってくれる。餌を与え、外敵から守り、子孫まで増やしてくれる。牛が意識してその戦略を選んだわけではないにしても、進化的な結果だけを見れば、人間との関係に入った系統は大きな繁殖上の成功を収めた。
しかし、そこには奇妙な代償があった。
牛という系統は繁栄したけれど、一頭一頭の牛が自分の生を決められる範囲は小さくなった。何を食べるのか、どこへ移動するのか、誰と交配するのか、いつ子を産むのか、どれだけ乳を搾られるのか、そしていつ生を終えるのか。牛の生存そのものが人間によって守られるようになるにつれて、その生命についての決定権も人間の側へ移っていった。
だから家畜化には、単純な「成功」という言葉では捉えられない逆説がある。
生き延びる可能性は大きくなった。しかし、自分自身として生きる可能性は狭くなった。
しかも、この生存戦略にはもう一つ、深刻な弱点が隠されている。人間に必要とされることで繁栄した生命は、人間に必要とされなくなったとき、どうなるのかという問題である。
もし将来、牛を飼わなくても牛乳に相当するものを十分に作ることができ、牛を育てて屠畜しなくても牛肉に相当するものを大量に生産できるようになったら、牛を何億頭も繁殖させる理由は弱くなるだろう。そのとき起きるのは、おそらく、牛たちが一斉に牧場から解放され、自由な草原へ帰っていくことではない。もっと静かなことが起こる。人間が次の世代の牛を作らなくなるのである。
ここでTamingの逆説は完成する。
Tameされたから増えた生命が、Tamingの目的がなくなったために減っていく。
これは、以前考えた森林の話にもよく似ている。木材が必要だったから大量に植えられた木が、社会の需要が変わったあと、目的だけを失って山に残る。木が失敗したわけではない。木を植えた時代の目的が消えてしまったのである。
牛にも同じことが起こりうる。「乳を大量に出す」という能力は、それを必要とする人間社会のなかでだけ価値を持つ。「効率よく肉をつける」という身体も、人間がその肉を必要とするかぎりにおいて価値を与えられる。人間社会が別の方法で同じものを手に入れられるようになれば、昨日まで成功の象徴だった性質が、突然、その動物を存続させる理由ではなくなる。
そう考えると、「牛の生存戦略は成功したのか」という問いへの答えは、時間の取り方によって変わってしまう。数千年間を見れば大成功だったかもしれない。しかし数万年という尺度で見れば、まだ答えは出ていない。人間の欲望に自分の存続を結びつける戦略は、人間に必要とされているあいだは非常に強いが、必要とされなくなった瞬間、非常に脆い。
だから問題は、Tameされることそのものではないのかもしれない。
Tameされることでしか生きられなくなることのほうが、危ういのである。
これは牛について考えていたはずなのに、いつの間にか人間についての問いになってくる。人間もまた、社会に適応することで非常に多くのものを得てきた。教育を受け、職業を持ち、共同体の規則を守り、国家や市場や組織のなかに居場所を見つけることで、安全、所得、医療、知識、仲間を得る。それ自体をTamingの失敗と考える理由はない。むしろ複雑な社会で生きていくためには、ある程度Tameされることが必要でもある。
問題は、そこから出られなくなることである。
「会社に属していなければ私は何者でもない」「社会の役に立たなければ存在する意味がない」「評価されなければ、自分には価値がない」というところまで来れば、外側にある社会制度が自分をTameしているだけではなく、自分の内部にTamingする者が住み始めている。檻の扉が閉じているから出られないのではない。扉が開いていても、外へ出るという発想そのものを持てなくなる。
そう考えると、Tamingの善悪を判断するとき、「Tameされているかどうか」という基準だけでは足りないように思えてくる。もっと重要なのは、出口が残されているかどうかなのではないだろうか。
ここから教育という問題も見えてくる。
教育とTamingはよく似ている。どちらも人を変えるからである。子どもは学校で、時間を守り、席について話を聞き、文字を読み、文章を書き、計算し、他人と協力し、社会の規則に沿って行動することを学ぶ。それだけを見れば、教育は人間を社会の秩序へ適合させる強力なTaming装置でもある。
けれども、本来の教育にはTamingとは反対方向へ向かう力もあるはずである。
歴史を学んだ人が、自分の国の歴史観を疑うようになる。文学を読んだ人が、それまで想像したこともなかった他人の人生を想像できるようになる。科学を学んだ人が、権威ある人の発言にも証拠を求めるようになる。哲学を学んだ人が、「そもそも、なぜこの規則に従わなければならないのか」と問い始める。
同じ学校のなかで、一方では社会へ適応することを教えながら、もう一方では社会そのものを疑う能力を育てる。この矛盾のなかに、教育とTamingの違いがあるのかもしれない。
Tamingが「この道を歩きなさい」と教えるものだとすれば、教育は「ここにはこういう道がある」と地図を渡す。そしていい教育なら、その地図を渡したあとに、「しかし、この地図も誰かが作ったものだ」と教えるだろう。さらに成熟した教育なら、「地図に載っていないところへ行ってもいい」と言えるかもしれない。
つまり、教育とはTamingをまったく行わないことではない。言葉を教えることさえ、ある社会の世界の分け方を教えることである以上、完全なUntamingとしての教育など存在しないのだろう。むしろ教育とは、社会のなかで生きるために必要なTamingを行いながら、そのTamingそのものからいつか離れられる能力まで育てる、矛盾した営みなのではないだろうか。
そうすると、牛から始まった問いに、思いがけないところで一つの答えが見えてくる。
生き延びるためにTameされることは、必ずしも失敗ではない。牛が人間との関係によって生存範囲を広げたように、人間も社会との関係によって、一人では得られなかった安全や知識や可能性を手に入れる。Tamingには明らかに恩恵がある。
しかし、一つの秩序に完全に適応してしまい、その秩序がなくなったら自分も存在できなくなるところまで行けば、成功のなかにすでに脆さが入り込んでいる。
だから本当に強い生存戦略とは、完全にUntamedであることでも、完全にTamedになることでもないのかもしれない。
必要なときにはTameされた世界の恩恵を受け、それでもどこかにUntamedな部分を残しておくこと。
社会の規則には従う。しかし規則を絶対視しない。仕事はする。しかし仕事だけを自分の存在理由にしない。教育を受ける。しかし教えられた世界観だけを世界そのものだと思わない。社会に居場所を持つ。しかし社会と自分とのあいだに、小さな距離を残しておく。
牛には、その距離を自分で取り戻すことは難しい。何千年ものTamingによって、人間の世界の外にある出口をほとんど失ってしまったからである。その意味で、人間には牛とは少し違う可能性が残っている。私たちは、自分を形づくってきたものについて考えることができる。「これは自分なのか、それとも自分のなかに入り込んだ社会なのか」と問い直すことができる。そして、完全に逃げ出すことはできなくても、少しだけ距離を置くことができる。
生存とは、ただ長く残ることではないのかもしれない。多くの子孫を残すことでも、社会から必要とされ続けることでもないのかもしれない。
生き延びながら、別の生き方へ移る余白を失わないこと。
牛の長い歴史を眺めていると、Tamingについて最後に残るのは、その問いである。人間に必要とされたことで膨大な数になった牛を、単純に成功した動物とも、失敗した動物とも呼ぶことはできない。ただ、その成功が一つの条件にあまりにも深く依存していたことは確かである。
そして人間がそこから何かを学べるとすれば、それはTamingを拒絶することではないのだろう。
Tameされながら、出口を忘れないこと。
あるいは、もっと静かな言い方をするなら、自分を生かしてくれている仕組みに、自分のすべてを渡してしまわないことなのだと思う。