海を見ていた人がいた。
三時間ほど、海辺に座っていた。海について考えようとしていたわけではなく、波の意味を探していたわけでもない。まして、それを文章にしようとも、詩にしようとも思わなかった。ただ海を見ているうちに時間が過ぎ、風が少し冷たくなってきたので、立ち上がって家へ帰った。
私たちは、そんな人のことを知らない。当然である。その人は何も残さなかったからだ。文学の歴史に残っているのは、海を見て詩を書いた人であり、旅をして紀行を書いた人であり、孤独を経験して、それを思想へ変えた人である。何かを感じ、それを言葉に変えた人の名前は残るけれど、何かを感じたまま、それを何にも変えなかった人の名前は残らない。
だからときどき、何も書かなかった詩人がいたのではないか、と考えたくなる。しかし、それではおかしい。何も書かなかったのなら、その人は詩人ではない。ただの人だったのである。
朝起きて食事をし、誰かと言葉を交わし、ときには働き、ときには何もせず、ある日の午後には海を眺めていた。その人の内側にも、光や匂いや記憶や喜びがあっただろう。しかし、それらを作品にする必要を感じなかった。自分の感じたことを誰かに伝えようとも、自分の人生から何かを取り出して後世に残そうとも思わなかったのかもしれない。
私たちは、何かを残した人のことばかりを知っている。その人が建てたもの、その人が書いたもの、その人が発見したもの、その人が作った制度を通して過去を知る。そのため歴史を眺めていると、人間とは何かを作り、何かを成し遂げ、何かを後世へ残してきた存在であるように思えてくる。しかし実際には、名も残らず、作品も残らず、思想も残さず、それでも一日の光を感じ、雨の匂いを感じ、誰かとの会話を楽しみ、ときには一人で何時間も空や海を眺め、そのまま死んでいった人のほうが、はるかに多かったのではないだろうか。その人たちは何も残さなかった。しかし、何も生きなかったわけではない。この二つは、まったく違う。
もちろん、その人も一人だけで生きていたのではない。その人にも愛する人がいて、その人を愛する誰かがいたのだろう。海から帰れば、家に灯りがついていて、夕食を用意している人がいたかもしれない。「今日はずいぶん遅かったね」と言われ、「ちょっと海を見ていた」と答え、そのまま二人で食事をしたのかもしれない。相手が何をしていたのかを尋ね、その日の小さな出来事を聞きながら、自分が海辺で過ごした三時間については、それ以上説明しなかったかもしれない。
けれど、それでも二人は一緒に暮らしていた。
誰かを愛すれば、その人のことが気にかかり、自分の時間の一部をその人に差し出すことになる。病気になれば心配し、困っていれば助け、待っている人がいれば帰ろうと思う。その意味では、愛もまた人を結びつけ、人を少しTameするのだろう。しかし、だからといって愛する人からまで自由になる必要はない。人間の自由とは、あらゆる関係を断ち切り、誰にも必要とされず、誰のことも必要としない状態になることではないはずである。
むしろ大切なのは、愛する人同士であっても、互いの時間のすべてを所有しないことなのかもしれない。相手が海を見ていた三時間について、「何を考えていたの」と尋ね、「別に何も」と答えたなら、その「別に何も」を、そのまま残しておく。愛しているからといって、その人が感じたもののすべてを共有し、その人の時間のすべてに意味を与え、自分との関係の中へ回収しなくてもいい。愛する人の内側にも、自分が知らないままの小さな場所が残っていていいのである。
文明は長い時間をかけて、世界にあるものを何かの役に立つものへと変えてきた。土地を耕し、植物を作物にし、動物を家畜にし、水を利用し、森を資源にし、人間の時間を労働へ変えてきた。Tamingとは、世界に向かって「お前は何の役に立つのか」と問い、その答えを引き出し続ける営みだった、と考えることもできる。そしてやがて、その問いは人間自身にも向けられるようになった。何ができるのか、誰の役に立っているのか、何を生み出したのか、何を残したのか、と自分自身にまで問い続けるようになったのである。
その問いは仕事の時間だけにとどまらない。本を読めば何を学んだかを考え、歩けば健康への効果を期待し、旅に出れば経験を蓄えようとし、海を眺めれば心が癒やされたと説明する。友人との時間には人間関係という意味を与え、家族との時間には愛情という意味を与え、一人でいる時間にさえ自己成長や心の回復という理由を探そうとする。私たちはいつのまにか、自分の時間をそのまま使うことが難しくなり、何でも何か別のものへ変換しなければ落ち着かなくなってしまった。
けれど、遠い昔に海辺に座っていた名もない人は、少なくともその午後だけは、そんなことを考えなかったかもしれない。その人にとって海を見ることは健康のためでも、教養のためでも、創造性のためでもなく、あとで愛する人に話すための経験ですらなかった。ただそこに海があり、しばらく見ていたかったので見ていた。それだけの時間が、その人の人生の中にあった。
そこには作品もなければ成果もなく、人生を豊かにしたという証明さえない。しかし、作品がないことも成果がないことも欠落ではないと考えるなら、そこに小さなUntamingが見えてくる。Untamingとは、何ものにも縛られないことではなく、仕事を拒み、家族を捨て、社会から逃げて一人になることでもない。誰かを愛し、誰かから愛され、働き、社会のさまざまな仕組みに支えられながら生きていても、その人生のどこかに、何かに変換されない時間を残しておくことはできる。
人は完全にはUntameされないのだろう。生きているかぎり、家族や友人との関係、社会の決まり、身体の必要、生活のためのさまざまな条件に結びつけられている。しかも、その結びつきのすべてが人を不自由にするわけでもない。愛する人のために家へ帰ることを、単純に束縛と呼ぶことはできないし、自分の時間を誰かのために使うことが、必ずしも自由を失うことでもない。人間の生活は、TamingとUntamingとにきれいに二分できるほど単純ではなく、むしろ数えきれないほどの結びつきの間に、ところどころ小さな余白が残されているものなのかもしれない。
その余白では、時間を仕事に変えなくてもよく、作品にも思い出にも自己成長にも変えなくていい。愛する人のために役立てなくても、自分の将来のために蓄えておかなくても、その時間は失敗した時間にはならない。ただ自分の内側を流れ、誰にも利用されず、本人にさえ利用されないまま消えていく時間があってよく、それを豊かだったとも有意義だったとも呼ばずに、そのままにしておいていいのである。
何も書かなかった人について、私たちは何も知らない。名前も、その人が愛した人の名前も、その人を愛した人の名前も残っていないだろう。それでも、ある日の午後、その人が海を眺めている時間があり、風が冷たくなったころに立ち上がり、待っている人のいる家へ帰ったのかもしれない。そして食卓について、その日の海を詩にすることも、その三時間に意味を与えることもなく、何気ない話をしながら一日を終えたのかもしれない。
その人生が何のためにあったのか、と尋ねる必要はないのだと思う。誰かを愛したことさえ人生の目的として持ち出す必要はなく、海を眺めたことにも、その人の心を豊かにしたという意味を与える必要はない。人間はさまざまなものに結びつけられながら生きているけれど、その人生のすべてを仕事や愛や文化や成長や幸福のために差し出さなければならないわけではない。その結びつきと結びつきの間に、ほんの少しでも、何のためでもない時間が残っていればいい。
もしかするとUntamingとは、あらゆるTamingから逃げ切って完全に自由になることではなく、Tamingに満ちた人生のなかにも、何にも変えられず、誰にも使われず、自分自身にさえ利用されない時間を残しておくことなのかもしれない。そして人間にとって本当に贅沢な自由とは、何かを成し遂げる自由でも、一人きりになる自由でもなく、愛する人たちとともに生きながら、それでも自分が生きた時間のすべてを何かに変えなくていいという、そんなささやかな自由なのかもしれない。