ただ一人分の人生を返してあげたい

歴史を読んでいると、ときどき不思議な気持ちになる。そこに名前を残している人の多くは、国をつくった人であり、戦争をした人であり、領土を広げた人であり、大きな制度をつくった人である。つまり何らかの力を持ち、その力によって世界を動かした人たちである。それに対して、その力によって動かされてしまった側の人間について、歴史は驚くほど少ししか語らない。

ある国が別の土地へ侵入したと書かれていても、その土地で暮らしていた一人一人に何が起きたのかは、ほとんど書かれない。町が陥落した、住民の何人が殺された、何万人が故郷を追われた、と数字や短い言葉で語られるだけである。しかし「住民一万人」と書かれたその一万人には、一万の人生があったはずで、その一人一人に好きな食べ物があり、苦手な人があり、愛する人があり、どうでもいい心配事があり、翌日にしようと思っていたことがあった。その人たちは「歴史の犠牲者」になるために生きていたわけではなく、歴史のほうが、ある日突然、その人たちの生活へ入り込んできたのである。

私は、侵略者の無念より、住民の無念のほうに心を動かされる。侵略者には物語があり、国を守れなかった、戦いに敗れた、理想を実現できなかった、志半ばで倒れたと後世の人々がその無念を語り継ぎ、英雄として墓や記念碑までつくられることすらある。しかし名もない人の無念には、そんな物語は残らない。その人は国を救おうとしていたわけでも、歴史を変えようとしていたわけでもなく、ただ生きていたかったに違いない。家に帰りたかった、子どもを助けたかった、もう一度家族に会いたかった、あるいはただ昨日と同じように明日も暮らしたかった。それくらいの願いだったのかもしれないが、むしろ私は、その「それくらい」に心を動かされる。

考えてみると、これまで考えてきたTamingというものには、ここにもう一つ重要な働きがあるように思える。Tamingとは、人を従わせることや、人間を社会にとって役に立つ存在へ変えることだけではなく、一人一人のばらばらな人生を、その人よりも大きな物語の中へ配置し直すことでもあるのではないだろうか。

国家は戦争を祖国防衛と呼ぶことがあり、帝国は征服を文明化と呼ぶことがあり、宗教は犠牲を信仰の物語として語ることがある。そうして大きな物語ができあがると、そこに生きていた一人一人も、その物語の中で役割を与えられる。ある人は兵士となり、ある人は難民となり、ある人は先住民となり、ある人は捕虜となり、ある人は英雄という名の侵略者なり、ある人は犠牲者となる。こうした人を形容する言葉は歴史を理解するためには必要なのだろうが、その一方で、一人の人間から、その人にしかなかった細かな部分を削り落としてしまう。

その人は「難民」である以前に、昨日まで家の前を掃いていた人だったかもしれない。「戦争犠牲者」である以前には、翌週の娘の誕生日をどうしようかと考えていた人だったかもしれない。「先住民」と呼ばれる以前には、好きな人がいて、嫌いな食べ物があり、隣の家の人と仲が悪く、夕方になればいつもの場所から空を眺めていた一人の人だったかもしれない。けれども歴史はそのほとんどを書かないし、後世の私たちも、その人を歴史が与えた名前によってしか知ることができない。

そう考えると、Tamingとは人間の行動を支配するだけでなく、その人が生きた人生の意味をまで支配することがあるのだと思えてくる。ある人が戦争で殺され、その死を後世が「国家建設のための犠牲」と呼んだ瞬間、その死は国家という大きな物語の一部分になる。しかし、その人自身は国家建設のために死にたかったわけではなく、その日の夕方には家へ帰り、いつもの食事をし、愛する人と話し、翌朝また目を覚ましたかっただけなのかもしれない。後世から与えられる大きな意味と、その人自身が望んでいた小さな人生とのあいだには、埋めることのできない距離がある。

だから「敗者の歴史を取り戻そう」というだけでも、私には少し違うように感じられる。「勝者」に対して「敗者」を置けば、歴史を見る方向は逆転するけれど、勝者と敗者という同じ物差しを使い続けることになる。「無用な人にも価値がある」と言うだけでは、まだ有用と無用という尺度に捕らわれていたのと同じように、「歴史の敗者にも価値がある」と言うだけでは、まだ勝敗という歴史の尺度から抜けていない。本当に想像してみたいのは、その人が敗者になる以前に生きていた時間であり、勝者か敗者かという区別そのものがまだ存在していなかった生活なのである。

後世から見れば、その人は戦争の敗者だったのかもしれない。しかし、その日の朝、本人はまだ敗者ではなかった。朝食を食べ、家族と言葉を交わし、今日は雨になるだろうかと空を見て、帰りに何を買おうかと考えていたかもしれない。その人にとって本当に重要だったのは、そのような毎日の続きだったのだろう。ところがそこへ、戦争や征服や革命という歴史の巨大な出来事が入り込み、その続きを突然断ち切ってしまう。

私が想像力によって取り戻したいと思うのは、まさにその「続き」なのだと思う。

それは、名もない犠牲者を新しい英雄に仕立て直すことではない。彼らこそ真の英雄だったと言った途端、その人たちは侵略者と同じ存在になり、また別の大きな物語へ回収されてしまう。聖人にする必要もなければ、殉教者にする必要もなく、その死に必ず歴史的な意味を見つけてやる必要もない。その人は英雄になる必要などなく、ただ一人の人間として生き続けたかったのだと考えたい。

ここで、以前考えた「何も書かなかった人」が、もう一度心に浮かんでくる。ある人が、何の目的もなく三時間ほど海を眺めていた。詩を書かず、写真も撮らず、その経験を人生の成長にも幸福にも変換せず、風が冷たくなったので家へ帰り、愛する人と夕食を食べた。歴史から見れば、その三時間には何の意味もない。国家にも宗教にも市場にも、その三時間を記録する理由はなく、本人自身さえ「あれは人生にとって重要な時間だった」とは思っていなかったかもしれない。

もし翌日に戦争が始まり、その人が故郷を追われたとすれば、歴史書には「住民が避難した」と書かれるだろう。その瞬間から、その人は「住民」となり「避難民」となり、戦争史の一部となる。しかし、その前の日、その人は海を見ていたのである。

私は、このことを忘れたくない。

「避難民」という言葉からは、その海は見えない。その人がどんな海を見ていたのか、誰を愛していたのか、何を嫌っていたのか、その日の夕食は何だったのか、食卓でどんなくだらない話をしたのか、その夜眠る前に何を考えたのか、それらのほとんどを私たちは永久に知ることができない。しかし知られないことと、存在しなかったことは違う。その人の生活が歴史に記録されなかったのは、その人生が小さかったからではなく、歴史という記録装置のほうが、一人の人間の人生を捉えるにはあまりにも粗いからなのだろう。

これは、深海にいる、人間の知らない生き物のことを考えたときに感じたことにもよく似ている。誰にも発見されず、人間から一度も名前を与えられないまま一生を終えた生き物にも、一つの生があった。人間に知られなかったから存在しなかったわけではなく、人間に何の役にも立たなかったから、その一生が空虚だったわけでもない。それと同じように、歴史に名前を残さなかった人にも、一つの世界があり、その人が何も成し遂げなかったように後世から見えるとしても、そのことと、その人が何も生きなかったということとはまったく違う。

歴史とは、残ったものから作られる。そのため、残らなかったものの大きさを見えにくくするところがある。作品が残った人、国家を残した人、制度を残した人、戦争に勝った人、記録を書いた人は見えるけれど、何も残さなかった人、その日常を途中で奪われた人、最後まで誰にも知られなかった人は見えない。そして見えないものが多すぎるため、私たちはいつのまにか、見えているものだけが歴史だったように感じてしまう。

私が名もない人々に心を引かれるのは、弱い人のほうが善良だと思っているからでも、敗者のほうが正しいと思っているからでもないのだろう。強者や侵略者には、歴史がすでに多くの言葉を与えている。英雄としての名前があり、記念碑があり、「勇敢だった」「祖国のために戦った」「志半ばで倒れた」という物語がある。それに対して、逃げ場を失った名もない人については、歴史は「死者何人」という数字しか残してくれないことがある。その人が何を恐れ、誰を愛し、何をやり残し、もしあと一日生きることができたら何をしたかったのか、ほとんど何も教えてくれない。

だから、想像力がそこへ向かう。

歴史がその人について語ってくれないからこそ、想像力によって、その人を「犠牲者」という集合的な言葉の中からもう一度一人の人間へ戻してみるのである。ただし、これは過去について好き勝手な物語を作るという意味ではない。個々の人が実際に何を考えていたのかは分からない以上、そこを事実のように埋めてはならない。そうではなく、記録の沈黙の向こう側にも、こちらと同じように生活を持った人間がいたということを忘れないための想像力なのである。

そう考えると、想像力にはTamingとは反対方向の働きがあるように思えてくる。Tamingは人を分類し、役割を与え、「兵士」「難民」「先住民」「犠牲者」といった大きな言葉の中へ配置する。それに対して想像力は、その分類から一人をそっと取り出し、その人に失われた生活の厚みを返そうとする。歴史によって「敗者」にされた人を、敗者という言葉だけから解き、犠牲者とされた人を犠牲者という役割だけから解き、英雄へ格上げすることも殉教者として意味づけることもせず、その人にも愛する人があり、どうでもいい悩みがあり、何の意味もない時間があり、そして本当なら明日もその続きを生きたかったのだろうと想像する。

その想像は歴史を書き換えるためのものではない。むしろ、歴史という大きな物語によって削り落とされた「人間の余白」を、わずかでもその人に返すためのものなのだと思う。

そして、このことは過去の人間だけの問題ではない。私たち自身もまた、国家、家族、職業、宗教、思想、民族、階級といったさまざまな大きな物語の中で生きている。そうしたものから完全に自由になる必要はないし、おそらくそんなことはできない。国家の中で生きてもよく、宗教を信じてもよく、家族を愛してもよく、仕事に誇りを持ってもいい。ただ、自分の人生のすべてを、そのどれか一つへ渡してしまわないことはできるのではないだろうか。

国家のために生きていても、国家だけの人間にならない。家族を愛していても、家族だけの人間にならない。仕事を大切にしていても、職業だけによって自分を説明しない。何かの思想を信じていても、その思想によって自分の経験のすべてを理解しようとしない。そのどれにも説明できない自分だけの時間があり、三時間海を眺めていたというような、歴史にも社会にも自分自身にも特別な意味を持たない時間が残っていていい。

もしかすると、これがTamingに対する最も静かな抵抗なのかもしれない。

Tamingとは、人間を服従させることだけではなく、その人の人生に「国家のため」「宗教のため」「文明のため」「歴史のため」と意味を与え、その物語の中へ回収していくことでもある。そうだとすればUntamingとは、それらの大きな物語をすべて拒絶することではなく、どんな物語の中で生きている人にも、その物語では最後まで説明できない部分が残っていることを忘れないことなのだろう。

国家がその人を兵士と呼んでも、その人には兵士ではなかった時間がある。歴史がその人を敗者と呼んでも、その人には敗者ではなかった人生がある。後世がその人を犠牲者と呼んでも、その人は犠牲者になるために生まれ、生きていたのではない。その人には、その人自身のためだけに流れた時間があり、その大部分は何の意味にも変換されないまま失われていった。

だから私は、歴史からこぼれ落ちた人々を想像してみたいのだと思う。それは彼らを歴史の中心へ引き上げ、新しい英雄にするためではなく、大きな物語によって奪われた一人分の人生を、ほんの少しだけその人へ返すためである。歴史が「犠牲者」としか書かなかった人を、犠牲者になる前の一人の人間へ戻し、「敗者」としか呼ばなかった人に、敗者になる前の日々があったことを思い出す。その人たちの本当の声を知ることはできなくても、大きな歴史の背後に無数の小さな人生が存在し、その一つ一つが歴史の目的とは無関係に、それ自身の続きへ向かって生きていたことだけは忘れずにいることができる。

そして自分自身についても、同じようにありたいと思う。自分の人生を大きな物語に全部渡してしまわず、社会から与えられた名前や役割によって自分のすべてを説明しようとせず、どこにも回収されない小さな余白を残しておく。歴史のなかで名を残すことがなくても、何か大きなものを成し遂げることがなくても、誰かを愛し、くだらないことで笑い、海を眺め、次の日を迎えたいと思いながら生きている、その一回限りの人生そのものを、大きな物語よりも大切にする。

おそらく私が歴史に詳しく書かれなかった人々に感じているものは、敗者への同情というより、大きな物語によって最後まで回収しきれなかった、一人の人間の「残り」への共感なのだと思う。そして、その「残り」を想像することによって、歴史からこぼれ落ちてしまった人たちに、名前でも功績でも歴史的意義でもなく、ただ一人分の人生を返してあげたい。

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