(22)名郷直樹『いずれくる死にそなえない』

2024年5月17日(金)

人は死ぬ

今週の書物/
『いずれくる死にそなえない』
名郷直樹著、生活の医療、2021年刊

何も考えないで暮らしていても、医療や死について考えることがある。外国暮らしが長かったので、日本での医療や死について考えることも多い。医療や死についての本はたくさん出ているが、しっくり来る本はそうは多くない。いろいろ読んでみて、しっくり来たのが、名郷直樹という医者が書いた本。医学の本というより、哲学の本に近い。

名郷直樹の本を何冊か読んだ私は、名郷直樹の職場である「Mクリニック」まで出かけていって、高血圧を言いわけにして「名郷先生」の診察を受けることにした。私のなかのバカで単純でミーハーな部分が化学反応を起こしたとしか説明のしようがない。

2回ほど診察を受けたところで「名郷先生」は引退された。その後、診察は「名郷先生」よりずっと若い「I先生」に引き継がれ、私は今も「I先生」に診てもらいに「Mクリニック」に通っている。「I先生」に診てもらうのは楽しい。診察のときの「I先生」の雰囲気からしていいし、「I先生」がインターネット上に書き込んだ言葉:

「臨床はラディカルになるときこそ危険である。ありふれていることが肯定されねばならない。優れた治療者とは凡庸な治療の良さを知る人なのである」

「自分たちが持つ医学的な背景から築かれた認識や価値観よりも、患者の持つ意向や価値観をより尊重した中で、患者にとって最も望ましい方向性をともに見出していく」

もいい。

「I先生」の考えが「名郷先生」の考えと同じとは思えないが、たぶん私は「Mクリニック」が気に入っているのだろう。

で、今週は、「Mクリニック」の「名郷先生」が書いた一冊。『いずれくる死にそなえない』(名郷直樹著、生活の医療、2021年刊)だ。「名郷先生」は、医療現場の現実の矛盾のなかで診療にあたってきた。その矛盾が、とてもよく書かれている。

医者として私が接するのは、当然のことながら、医療に依存して日々を送る人たちが大部分である。そしてその依存度が高ければ高いほど、医療に多くを期待されればされるほど、私自身はそうならないようにしようという気持ちが強くなる。 はっきり言えば、私は医者でありながら、医療に過度に依存したり、大きな期待をするのはばかげていると思っている。より良い医療の恩恵を受けることだけでなく、医療を避けることも重要である。そのバランスをとって生きていかないと、定年後の人生を、あるいは長生きによって得た多くの時間を、台無しにしてしまうかもしれない。そのためには、医療を上手に避け、さらにその先に待つ、動けなくなることを受け入れ、死を避けないで生きることを考えなくてはいけない。

多くの患者と日々接する毎日である。その一人ひとりの患者を、病名ではなく、別の角度で書き直せば、もともと元気であったり、放っておいても勝手によくなったり、薬を飲んでも飲まなくても日々の生活に大きな変わりがながったり、一方で良くなる可能性が小さかったり、どうやっても死んでしまう、という人たちである。私が何か医療を提供すれば良くなる、という人たちは少ない。
ワクチンによる予防接種の効果は社会全体としては大きいが、個々のレベルではもともと元気な人が元気で居続けるだけのことだ。かぜを疑う患者の診療も、かぜに似た重症の病気を見逃さないようにするという点では大きな仕事だが、大部分は医療機関に来る必要もない人である。
高血圧や高コレステロール、糖尿病の患者も大部分は元気である。もちろんその治療により、将来の合併症が幾分少なくなっているという面はある。しかし、これも健診や予防接種と同様、元気な人が元気なままということだ。今の時点で元気な人に、放っておくと病気になってしまいますよと、定かではない未来の不幸の可能性を強調して、脅かしをかけているだけかもしれない。

自らのことを「自然と良くなってしまうかぜのような病気ばかりを診て、どうやっても死んでしまうような人たちの診療を仕事にしている私」と形容する著者は、「死を避けるのは不可能だが、避けなければ少なくとも無力ではない」「人が死んでしまうから無料なのではなく、死ぬことを避けようとするから無力なのである」と書く。

圧巻は、グラフを用いての説明だ。
  「高血圧患者に対する脳卒中の先送り効果」
  「高血圧患者に対する死の先送り効果」
  「虚弱老人の血圧と死亡の関係」
  「高齢者に対するコレステロール治療の脳卒中や心筋梗塞の先送り効果」
  「コレステロール治療の死の先送り効果」
  「コレステロール治療の心筋梗塞に対する効果」
  「血糖治療の脳卒中、心筋梗塞に対する効果」
  「インスリン治療中患者のHbA1cと死亡の関係」
  「抗血小板薬の脳卒中に対する効果」
  「抗血小板薬の死亡に対する効果」
  「認知症の薬の認知症スコアに対する治療効果」
というようなグラフから読み取れるのは、現在の医療への疑問だ。「先送りで得られた時間が、更なる先送りのための医療につぎ込まれるだけ」とか、「高齢者が高血圧とコレステロールを治療したところで、治療しない人と寿命にそれほど大きな差はない」というようなことをグラフから読み取れば、疑問を持つのも当然だ。

現実は、高齢者ほど血圧やコレステロールを気にする。でも事実は、高齢になるほど、血圧もコレステロールも大して重要でなくなってゆく。にもかかわらず、世の中に流れている情報は「高齢者ほど健康に気をつけよう」だ。医者の説明は「降圧薬を飲まないと脳卒中になってしまいますよ、死んでしまいますよ」というものだ。そしてその先に「死を避ける社会」が現れている。

「名郷先生」は、「高齢者は血圧など気にせず、もっと別なことに関心を持って生きたほうがいい」と書き、「血糖を正常化させるような厳しい血糖治療は、合併症予防こうかも意外にわずかで、寿命に関しては縮める可能性さえある」と書く。その一方で、患者に通り一遍の医療を提供する。矛盾しているようだが、他に方策は見当たらない。

患者である私も、「名郷先生」と何ら変わらない。降圧剤の服用に意味がないと思いながら、降圧剤を服用し続けている。「寝たきり」とか「死」ということについても、同じだ。「名郷先生」も私も、矛盾に満ちている。

最後に著者は、「生きがい」から「死にがい」へ、「死に絶望するする」から「死をことほぐ」へ、「死を避ける」から「死を避けない」へという社会の変化が必須だという。「人は年老いて死ぬのではない。人はとにかく死ぬのである」という言葉が印象的だった。

(21)ミュリエル・バルベリ『京都に咲く一輪の薔薇』

2024年5月10日(金)

フランス人の京都

今週の書物/
『Une rose seule』
Muriel Barbery著、Actes Sud、2022年刊

『京都に咲く一輪の薔薇』
ミュリエル・バルベリ著、永田千奈訳、早川書房、2022年刊

京都をプロモートするのは、たいていの場合、外の人か、外からやってきて入り込んだ人だ。そして京都はいつも、ただの素材でしかない。上品な人がプロモートすれば京都は上品になり、下品な人がプロモートすれば京都は下品になる。雅に憧れた人の京都はどこまでも雅で、わびさびに憧れた人の京都はどこまでもわびさびだ。

以前の京都は、欧米の文化人たちが好む京都たっだ。いまの京都は、中国の若い人たちが好むTikTok映えする京都だ。昔々中国に似せて作られた街が、千年以上経って 若い中国人だらけになっている。観光という言葉が街を変え、いまの人にしかわからない街が浮かび上がる。

私のような年代の者には、若い人たちが好きな「映える」京都より、一昔前の「文化的な」京都のほうがいい。その「文化的な」京都の象徴のような施設が、京都の東山にある。「ヴィラ九条山」というフランス人のための滞在施設だ。30年以上前から現代芸術や人文社会科学などの幅広い分野の400名以上のフランス人たちを受け入れてきた。

「ヴィラ九条山」の歴史は100年前に遡る。オーギュスト・ロダンと、その弟子であり愛人でもあったカミーユ・クローデルのことは、よく知られている。カミーユ・クローデルの弟のポール・クローデルが、駐日フランス大使としての日本に来ていたことも、まあまあ知られている。外交官のほかに劇作家や詩人の顔を持つポール・クローデルは、日本の伝統文化とフランスの伝統文化をリンクさせたい一心で募金を募り、1925年に京都の東山に関西日仏学館を完成させた。学館は京都大学の近くに移転し、50年近く放置された東山の建物の跡地に作られたのが「ヴィラ九条山」なのだ。

「ヴィラ九条山」に滞在した人がフランスに帰り、作品を発表したり、話をしたりする。作品に触れたり、話を聞いたり読んだりした人たちが「日本」に興味を持つ。そういう流れが30年以上続いているのだから、その影響力ははかり知れない。

今週取り上げる『Une rose seule』(Muriel Barbery著、Actes Sud、2022年刊)も、そんな流れのなかから出てきた本だ。和訳も『京都に咲く一輪の薔薇』(ミュリエル・バルベリ著、永田千奈訳、早川書房、2022年刊)として出ている。

著者の Muriel Barbery(ミュリエル・バルベリ)は、2008年から2009年にかけて、夫の Stéphane Barbery(ステファン・バルベリ)とともに「ヴィラ九条山」に滞在した。バルベリ夫婦が2年近くの京都での滞在で感じたことが『Une rose seule』のなかに反映されている。

第一章から第十二章まで、各章の最初に古い伝承のような前置きがあり、植物の名を入れた題があり、物語がある。題になった植物を第一章から並べていくと、芍薬、撫子、ツツジ、あやめ、松、梅、すみれ、椿、ナンテン、苔、桜、紅葉。季節を感じさせる植物が並んでいる。それなのに、『京都に咲く一輪の薔薇』のなかでは、季節の感じが少し薄れている。

それにしても、翻訳は難しい。前置きを、訳者の永田千奈さんのように「いにしえの中国、北宋の時代のことでございます」と訳すのと、翻訳ソフトのように「古代中国の北宋の時代」と訳すのとでは、読者の受ける感じはまったく違ってくる。「Un carré de mille pivoines」という題を、「見渡す限りの芍薬の花」と訳すのと。「千本の牡丹の一画」と訳すのとでは、印象はずいぶん違う。

永田千奈さんの翻訳は、正しいし、とてもいい。ところが、『Une rose seule』を読んだ人の持つ印象と、『京都に咲く一輪の薔薇』を読んだ人の持つ印象が、とても違うのだ。

そもそも、フランス人が京都で感じることは、日本人が京都で感じることと、ずいぶん違う。興味の持ち方も、景色の切り取り方も違う。

翻訳の難しさは、逆のシチュエーションを想像すれば合点がいく。フランスのことをあまり知らない日本人の作家がボルドーで2年近くをすごし、『一輪の薔薇』という本を日本で出版したとしよう。それがフランス語に訳されて『Une rose seule à Bordeaux』という本をフランス人が読んだとして、果たしてすんなり読めるだろうか?

日本のことが好きになったフランス人の持つ特殊さは、フランスのことが好きになった日本人の持つ特殊さに似て、なかなか理解され難い。

じつは、私はこの本を読みながら、翻訳のことばかり考え続けた。

永田千奈さんの訳は、学校で教えてくれる訳のような「原文の構文を尊重し決まった訳し方で訳す」仏文和訳ではない。よくある「構文や単語・熟語の一対一対応を追求する」翻訳調でもないし、「漢字の代わりにカタカナを散りばめた」カタカナ調でもない。各章のはじめに物語り文学のような口調を持って来たり、長い段落と短い段落を使い分けたりと、さまざまな工夫をしているし、明らかに著者に問い合わせただろうと思われる律義さも見られる。

それなのに、何かが狂ってしまった感じがぬぐえない。翻訳が良くなれば良くなるほど、元の話から遠ざかっていく。どろどろとした心の中が消え、5月の風のように爽やかな京都探訪になっている。そのことは、表紙を見れば明らかだ。


 
(左)
Une rose seule
de Muriel Barbery

 

(右)
京都に咲く一輪の薔薇
ミュリエル・バルベリ 著
永田千奈 訳

 
 
フランス語の本のなかの 内面にいろいろ抱えた中年女性「Une rose seule (ひとりぼっちのローズ)」は、日本語の本のなかでは 清々しい「京都に咲く一輪の薔薇」に 変身してしまっている。物語の深みが、漫画チックな軽みに変わっているのだ。
なぜそんなことが起こったか、間違えて翻訳してもいいという「度胸」と、完璧な翻訳なんかないのだという「いい加減さ」と、行間を見極める「勘」とが(つまり、優等生にはないところが)永田千奈さんには欠けていたのではないか。

素晴らしい訳をすることに努めた永田千奈さんの訳が原著から離れ、五木寛之が訳した(正確には、國重純二が下訳をしたものを、五木寛之が書き直した)『かもめのジョナサン』のように、原文を読まず、キリスト教的な著者に反感を感じながら創作に徹したもののほうが、原著に近いのは、皮肉だ。

Muriel Barbery は、この話を、墓地で終わらせる。主人公のローズは生まれ変わったと感じる。隣でポールが言う。「人生には ふたつしかない 愛すること そして死ぬこと」と。

(20)Harry Cliff『How to Make an Apple Pie from Scratch』

2024年5月3日(金)

宇宙創造から始めて、アップルパイを作る

今週の書物/
『How to Make an Apple Pie from Scratch』
Harry Cliff 著、Doubleday、2021年刊

私たちは何でできているのか? 私たちのまわりのものは何でできているのか? 人はそんなことを、ずっと昔から考え、説明してきた。魂とか肉体とか、こころとかからだとか、神とか自然とか、あの世とかこの世とか、天国とか地獄とか、天使とか悪魔とか、霊だとかいったものが、宗教とか学問とか政治とか芸術とか言い伝えとかのなかに現れ、そして消えていった。

ここ何百年かは、真実と神という言葉が少しだけ後退し、事実を科学で探ることが主流になってきた。医学が変わり解剖技術が発達すると、センチメートルやミリメートルの世界のことがわかるようになり、脳とか 肺とか 心臓とか 胃腸とか 肝臓とか 膵臓とか 脾臓とか 腎臓とかの臓器とかが明瞭に説明されるようになる。

さらに、光学顕微鏡が発達したことで、マイクロメートルの世界のことまでがよくわかるようになり、細上皮とか 内皮とか 膜とか 管とかの区分けが進み、それぞれが 上皮細胞とか 内皮細胞とかいった細胞でできているという説明がついていった。

そして、電子顕微鏡が発達するようになると、ナノメートルの世界のことまでがわかるようになり、細胞のなかには 細胞核だとか 細胞膜だとか 細胞質だとかがあって、細胞核には 遺伝情報であるDNAやRNAやタンパク質が含まれているとか、DNAもRNAも糖と核酸と塩基でできているとかということを言うようになった。

「糖は 水素と酸素と炭素、核酸は 水素と酸素とリン、塩基は 水素と酸素と窒素 で出来ている。タンパク質はアルギニン グルタミンといった20種類のアミノ酸で出来ていて、アミノ酸は 炭素と水素と酸素と窒素と硫黄で出来ている」などという説明を聞くようになって、私たちは宗教を捨て、科学を信じるようになった。

分子レベルで考えると、人間はその60%が水、12%~20が脂質、15%がタンパク質といわれている。元素レベルで考えると、水が水素と酸素でできていることもあって、酸素が61%、炭素が23%、水素が10%、窒素が2.6% で、その他に カルシウムが1.4%、リンが1.1%、硫黄が0.2%、カリウムが0.2%、ナトリウムが0.14%、塩素が0.12%、マグネシウムが0.027% と書いてあるけれど、本当かどうかは、自分のからだを見ても触っても、わからない。もはや、科学は信じるものなのだ。

地球の大気や海水のことを調べてみると、大気は、78%が窒素、21%が酸素、そして 0.93%がアルゴン、海水は、酸素が85.9%、水素が10.7%、そして塩分が3.4%。私たちの体が、空気と水の主要元素である酸素、水素、窒素でできているのは、決して偶然ではない。そして炭素。炭素が、糖、タンパク質、脂質、DNA、筋肉など、体内のほぼすべてのものの主成分だというのも、たぶん偶然ではない。私たちがこの地球の一部なのだという思いが、改めて強くなる。

でも、大きさがなかなかピンとこない。これはまずいと思って、Excelで表を作ってみる。米粒の大きさはヒトの大きさの1000分の1。その1000分の1が大腸菌などの細菌の大きさ。その1000分の1が水などの分子の大きさ。その1000分の1のそのまた1000分の1が陽子や中性子の大きさ。そんなふうに並べてみる。

そんなとき、「DNAは1億以上もの塩基対を持った相補的な2本鎖が2重らせん構造をとる長大な巨大分子」という文章に出逢った。調べてみると、1塩基対の直径は2nm、長さは0.34nm。1nmの1億倍は1cm。DNAの大きさが1cmなんて、ありえない。なにがおかしいのか。

そう、私はなんてバカなんだろう。大きさが3次元だということを忘れていたのだ。1mの立方体のなかに10cmの立方体が千個入る。1mの立方体のなかに1cmの立方体が百万個入る。1mの立方体のなかに1mmの立方体が10億個入る。つまり長さが10分の1だと大きさは1000分の1で、長さが100分の1だと大きさは100万分の1で、長さが1000分の1だと大きさは10億分の1ということになる。

ということは、米粒の大きさはヒトの大きさの1000分の1ではなくて、10億分の1。その10億分の1が大腸菌などの細菌の大きさ。その10億分の1が水などの分子の大きさ。その10億分の1のそのまた10億分の1が陽子や中性子の大きさなのだ。

陽子や中性子といったものは、光学顕微鏡でも電子顕微鏡でも見ることがでない。見ることのできないものは、検出するしかない。見ることも、存在を感じることもできない。想像すらつかないのだ。

例えば水素の原子という単純なものでさえ、誰にも想像ができない。長さが10-14 m(大きさが10-42 m3)の原子核と、そのまわりを動き回る長さが10-15 m(大きさが10-45 m3)のたったひとつの電子とが、長さが10-10 m(大きさが10-30 m3)の原子をかたちづくっている。これは、細菌のまわりをたった一つのウイルスが動き回ってピンポン玉をかたちづくっているようなものだ。こんな不思議なことを、どう理解すればいいのか?

そもそも原子はどんなものなのか? 昔の教科書に載っていた「原子核のまわりを電子が回るモデル」は正確ではない。電子に存在するある場所があるわけではなく、電子雲と呼ばれる存在する可能性がある場所があるだけ。存在する確率が高いほど雲は密になる。私たちが知っている世界とは違う量子力学の世界は、不思議なことばかり。わからないのがあたりまえではないか。

量子もつれ(entanglement)という二つの粒子がペアを組んでいるような現象も、とてもじゃないけれど理解できない。電子には上向きと下向きがあるのだけれど、ペアになるとどんなに離れていても、片方を観察して方向が上向きと決まったとたんに、もう片方は下向きに決まる。そんな不思議なことをわかれというほうが無理だろう。

わからないことばかりのせいで、論文には「検証も反証も不可能な仮説や理論やモデル」があふれかえり、科学は事実の探求の場所というよりも、推測や想像や妄想の延長になってしまっている。「科学的なこと」というのが「非科学的なこと」と同義語になりつつある。

私たちの住むこの世界は4次元(3次元空間+時間)ではなく、実は10次元(9次元空間+時間)だったと言われても、素直に「はい、そうですか」とは言えない。理論とか仮説とかが次から次へと現れては消えてゆく。

宇宙はダークマター(Dark Matter)とダークエネルギー(Dark Energy)とでできていると誰もが言うけれど、それが仮説の上に成り立っている物語だと知る人は少ない。存在が想定され、間接的に存在を示唆する観測事実はあるけれど、直接的な観測例はない。そんな正体不明のものを信じるのだから、科学はもはや宗教と同じになってしまっている。「わくわく」を感じられないのだ。

今週は、そんな物理学の現状を整理する一冊。『How to Make an Apple Pie from Scratch』(Harry Cliff 著、Doubleday、2021年刊)だ。『In Search of the Recipe for Our Universe, from the Origins of Atoms to the Big Bang』という副題がついている。日本語訳も出版されている。『物質は何からできているのか』(ハリー・クリフ著、熊谷玲美訳、柏書房、2023年刊)で、こちらには『アップルパイのレシピから素粒子を考えてみた』という副題がついている。

この本の題名は「アップルパイをゼロから作りたいなら、まず宇宙を発明しなければならない」というカール・セーガンという物理学者の言葉からつけられた。アップルパイの究極のレシピを見つけるということは、物質が実際に何でできているのかという疑問に答えることになるというのだ。

ビッグバンの恐ろしい熱の中でどうやって消滅を免れたのか? 私たちは宇宙の誕生の瞬間を理解することができるのだろうか? そして、物質は何からできているのか? そんな疑問にはたして答えられるのか?

著者のハリー・クリフ(Harry Cliff)は物理学者で、素粒子物理の実験を仕事にしているのだが、この本が扱う範囲は驚くほど広い。宇宙について、そして素粒子について、今わかっていることの全体像を示してくれる。それだけではなく、実証されたのか、されてないのか、されているとしたらどのように実証されたのかも書かれている。

ハリー・クリフは、実験物理学者というより、素晴らしい作家だ。なぜ物があるのか? すべてはどこから来たのか? 物質が実際に何であるかをどのようにして学んできたのか? ビッグバンから星の爆発を経て、いまの私たちに至るまでの物語は、どれもすべて興味深い。

私がこの本に出逢う前に持っていた「科学はもはや宗教と同じ」とか「わくわくが消えた」というようなネガティブな感じが一気に吹き飛んだ。まるでSFのような科学のことは、ハリー・クリフのように笑って見ていればいいのだ。

『How to Make an Apple Pie from Scratch』の第1章から第7章まで、「Elementary Cooking(初級クッキング)」「The Smallest Slice(最小のスライス)」 「The Ingredients of Atoms(原子の材料)」「Smashed Nuclei(砕かれた核)」「Thermonuclear Ovens(サーモニュークリア・オーブン)」「Starstuff(スタースタッフ)」「The Ultimate Cosmic Cooker(究極の宇宙調理器)」と続くのだが、どこをとっても明瞭で、曖昧さが微塵もない。論理的に、しかも合理的に組み立てられた文章は説得力にあふれている。

第8章から第14章までの「How to Cook a Proton(プロトンを調理する方法)」「What Is a Particle, Really?(そもそも粒子って何?)」 「The Final Ingredient(最終的な材料)」「The Recipe for Everything(すべてのためのレシピ)」「The Missing Ingredients(足りない材料)」「Invent the Universe(宇宙を発明する)」「The End?(終わり?)」は、がぜん面白くなる。気の合う友たちと語り合うような気分の読書だ。

最後に(第14章のあとに)ご丁寧にも『How to Make an Apple Pie from Scratch(アップルパイをゼロから手作りする方法)』が書いてある。八人分のアップルパイを138億年かかって作る手順だ。まず宇宙を作る。時空を1溝分の1秒(10-32秒)だけ膨張させ、温度を急激に上昇させ、大量の粒子と反粒子を作り出し、電磁場と強い力の場を生成させたあと、引き続き1兆分の1秒(10-12秒)膨張させて、時空をゆっくり冷やす。そしてヒックス場をオンにする。そのあと物質を作るための複雑な手順がいろいろ細かく書かれているのだが、宇宙が作られてから、表面を水素と酸素と窒素と炭素で覆われた惑星がひとつ出来上がるまでのことが、この本を読んで得た知識でよくわかってしまう。そのわかるという快感が、ここまで読んできた読者への著者からのプレゼントなのだろうと思うと、自然と頭が下がる。運が良ければ、そのあと45億年ほどで、リンゴの木と牛と小麦のような生命体と、それにスーパーマーケットなんかもできているだろうから、あとはアップルパイの材料を買ってきて作るだけ。本はそんなふうに終わる。

この本を読んで、物理学について(いまの物理学のメインストリームの人たちから見て)私が間違って理解していたこと、そして(いまの物理学のメインストリームの人たちから見て)私の理解が足りなかったことが、次々に浮かび上がってきた。それだけでない。(いまのメインストリームの)物理学のさまざまなことが整理され、(失われていた私の)「わくわく」が蘇ってきたのだ。久しぶりのいい感覚だった。

(19)Bruno Latour『Face à Gaïa. Huit conférences sur le nouveau régime climatique』

2024年4月26日(金)

ガイアという夢

今週の書物/
『Face à Gaïa. Huit conférences sur le nouveau régime climatique』
Bruno Latour 著、Empêcheurs de penser rond、2015年刊

本屋でめぐり逢い、せっかく買ってきたのに、あまり読まずに棚ざらしになってしまう本がある。棚ざらしになる理由はそれぞれに違うが、なかには本棚のなかで堂々としていて、えばっている本もある。

今週取り上げる『Face à Gaïa. Huit conférences sur le nouveau régime climatique』(Bruno Latour 著、Empêcheurs de penser rond、2015年刊)もそんな本だ。フランスの家の寝室の本棚のなかで、えばっている。その訳の『ガイアに向き合う: 新気候体制を生きるための八つのレクチャー』(ブルーノ・ラトゥール 著、川村久美子 訳、2023年刊)も日本の家の寝室の本棚のなかで、えばっている。

なぜそんなことが起きるのか。いつの頃からか James Lovelock(ジェームズ ラブロック)の『Gaia(ガイア)』があたまの中を占めている。そのせいだ。地球自体がひとつの生命システムなのではないか。地球は生きているのではないか。そんな考えが気に入ったせいか、タイトルに「ガイア」が付くと、つい買ってしまう。家に帰って本を広げ、わくわくした気持ちが消えてしまうと、本は閉じられ、本棚にしまわれる。

『Face à Gaïa』も『ガイアに向き合う』も例外ではなく、真面目に読まれることなく本棚にしまわれた。理由の一つに「内容が期待していたものと違うようだ」ということがある。地球が生きているということ。地球が生物のような一つのシステムだということ。そんなことを読みたいと思って買ったのに、内容はどうもそんなことではなさそうだ。だからしまわれた。

「ガイア」の話は、1958年に46歳のWilliam Golding(ウイリアム・ゴールディング)という小説家がBowerchalke(バウチョーク)という人口400人足らずの小さな村に引っ越したことに始まる。ゴールディングはその村で38歳の物理学者ラブロックに出会い、二人はすぐに一緒に散歩する仲になった。

散歩の途中、二人はよく「地球という惑星は生きていて、まるでひとつの有機体のように思える」というラブロックの考えについて話し合った。物理学者の考えは小説家の空想によって大きく膨らんでゆき、その後のラブロックの「生きている地球」に発展してゆく。

ちなみに、ギリシャ神話の地球の擬人化でありタイタンの母である「ガイア」の名を使ったらどうかと言ったのはゴールディングで、ラブロックはその後ずっと「生きている地球」を「ガイア」と呼び続けた。

ゴールディングは1983年にノーベル文学賞を受賞し、1988年には大英帝国勲章CBEを受章する。ラブロックは「生きている地球=ガイア」の考えを世に出すことに成功する。イギリス南部の小さな村での出会いと散歩は、二人にたくさんのものをもたらした。

ラブロックの「生きている地球=ガイア」の考えが1970年代に論文や本という形で世に出た頃には、「ガイア」はびっくりするくらいロマンティックだった。私たちのような動物はもちろん、草木から細菌に至るまでの生き物や、空気などの表層、海水や地層、そして地殻、マントル、核も含めて「すべてがガイア」なのだというそんな考えは、当時、多くの人の心を揺さぶった。

で、いま、『Face à Gaïa』を本棚から取り出し、改めて読んでみると、これが結構おもしろい。訳本の『ガイアに向き合う』も似たような感じだ。いま流行りの「エコロジー」の本だったのだ。うかつにもそうと思わず、フランス語と日本語の本を本棚に並べていたなんて。とは思ったが、読み進めてみる。エコロジストたちのための本を読むのは初めてだと気づく。

エコロジストたちの特徴のひとつに、結集できないことがある。政治的な対立、社会的な対立、経済的な対立、文化的な対立、宗教的な対立、思想的な対立。ありとあらゆる対立が一緒に活動することを妨げる。会議を何回重ねてもまとまらず、求めることが違いすぎて、お互いを理解することなど夢のまた夢。環境に配慮しているのが売りのファッション・デザイナーと、自然保護運動にまい進している市民活動家とのあいだに、共通の目標などあるはずはないし、地球に優しい最先端技術をアピールする企業が求めるものと、自然に帰れという現代文明否定論者が求めるものが、同じはずもない。

ラトゥールは「私たちは今、単なるエコロジー危機ではなく、人類と自然の関係性が大激変した時代を生きている」というのに「人々は驚くほど冷静に、こうしたニュースを聞いている」と言って危機感をつのらせる。「科学は真実を明らかにするもの」というような旧来の価値観を捨て去り、新しい価値観を持つことで、危機に突入することを防ぎたい。そう思っても、危機感を持たない人々には伝わらない。この分厚い本を書いたのも、人々に危機感を持ってほしかったからだろうか。

そんなことを考えながら読み進むうちに、私は大きな驚きに遭遇する。3つ目のコンファレンスで、ラブロックの「ガイア」が現れたのだ。ガリレオと対比するかたちで、ラブロックへの尊敬が込められた文章がたくさんあらわれたてきた。

三世紀半を経て、ラブロックは、ガリレオには考えも及ばなかった地球のいくつもの特徴を見出した。それは地球の色であったり、匂い、表面、手触り、起源、加齢、死であったりする。そして、まさに私たちが住む地球の表面の薄い膜の上での運動や振る舞いの発見である。
  
ガリレオの動く地球に、ラブロックの動かされる地球をつけ加えることで、説明は完全になる。

そんな文章を読みつつ、私はとても幸せだった。ラブロックが捉えた地球には、内部と外部の差を生き生きと保つ能力がある。さらに、ラトゥールは「ガイア」に向き合えという。私たち生命がいる地上の薄い膜に向き合い、地上の存在(テレストリアル)としての人類のあり方を選択すべきだというのだ。

ここで私は、あることに気がついた。ラトゥールの「ガイア」は、やたら理屈っぽい。ロマンティックではないのだ。

なにかを地球から排除すれば、自分自身の一部を破壊することになる。なぜなら、私たちは「ガイア」の一部だからだ。「ガイア」は単なる地球ではなく、生命システムであり、私たちは皆その一部だ。

そう言って、エコロジストとしての主張を繰り広げる。ガイアの声に耳を傾けている環境保護活動家たちの言うことをもっとよく聞け。ガイアの声に耳を傾けようとしない気候変動否定主義者たちの言うことは聞くな。ラトゥールも、他のエコロジストたちと同じく、他の立場の人たちの言うことを聞こうとはしない。

善悪の二項対立を基本にするから、話がどんどん閉鎖的になってゆく。他人の矛盾を突いてゆけば、自分の矛盾が浮かび上がってくる。「こうあるべき」の泥沼の不果実性を批判しながら、「無制限な土地利用をやめるべき」とか「地上的存在としての人類のあり方を選択すべき」と言ってしまう。いろいろな考えを紹介しすぎることもあって、ラトゥールの議論の矮小性が際立ってしまう。

私のような「ただの人」にとって、生活の快適さを手放すのは、容易な選択ではない。暑ければ冷房の効いた部屋で涼みたいし、寒ければ暖房の効いた部屋で暖まりたい。飛行機や自動車に乗って移動したいし、電子機器を使って毎日の生活を楽しみたい。地球のためだからといって、すぐにこういった快適さをあきらめることはできない。

そもそも、エコロジストたちの言うことだけが正しいと、誰が言えるのだろう。地球温暖化が進んでいるのは確かだとして、それが人間に良くないというのも本当だとして、果たしてそれが地球に悪いと言えるのだろうか。短期的には地球の温暖化が進んだとしても、数万年もすれば地球は間違いなく冷たくなる。それ以前に、温暖化の原因となっている人間の数が大きく減り、温暖化は間違いなく解消される。そう思えば、エコロジストたちの持つ危機感は、杞憂でしかない。

新気候体制といえば、そうかもしれないと思うし、人新世といえば、なるほどなあと思う。でも、それもこれも、人が考えたことではないか。時の終末という言葉が使われても、それは人にとっての時の終末であって、時の終末ではない。「ガイア」を中心に考えるようでいて、人間を中心にしか考えていない。

人間は、いつか、いなくなる。人間がいなくなっても、ガイアは続く。そのガイアも、いつか、なくなる。それでも宇宙は続く。科学を言うならば、そして事実を言うならば、人間がいつかいなくなり、地球がいつかなくなるということを受け入れたらどうなのだ。どこまでも人間中心の『Face à Gaïa』を読んで、心からそう思った。

科学と政治の分離とか、記述と行為の分離とかの議論をいくら深めてみても、何も変わりはしない。この本を読むことで知識の量は格段に増えるが、それで社会が変わったりはしないと思う。ましてや、人間がいなくなるとか、地球がなくなるということに、変わりがあるはずがはない。

(18)近藤祐『〈狭さ〉の美学』

2024年4月19日(金)

赤ちょうちんは永遠か

今週の書物/
『〈狭さ〉の美学』
近藤祐著、彩流社、2023年刊

本屋や図書館に行く醍醐味は、なんといっても、それまで知らなかった本にめぐりあうことだ。1年に7万冊以上発売されている本のなかから、1冊の本を選ぶ。偶然にその本を選んだのか、本屋の店員や図書館の司書の誘導に乗ったのか、その辺のことはわからない。

本屋であれば、表紙や帯に書かれた文字に惹かれてということもある。でも、いちばん大きな理由は、選んだ本がどこに置かれていたかということではないだろうか。本屋によって、また図書館によって、選ばれて置いてある本は大きく違う。置き方も、とても違う。置いてある本も、日によって違う。

ある日、なんのせいかその場所に行き、1冊の本を手に取る。そんな時、私は、偶然のめぐり逢いを感じる。インターネットで本を見つけるときには探していたものが見つかったという気分のほうが大きいのだが、本屋や図書館ではめぐり逢った感じがする。

めぐり逢った1冊を買うなり借りるなどして読み始めた時、少なからず「え゙~」と思うことがある。良くも悪くも、予想を裏切られた「え゙~」だ。

今週は、その「え゙~」がとても大きかった一冊。『〈狭さ〉の美学』(近藤祐著、彩流社、2023年刊)だ。帯の「〈狭さ〉には、自由と永遠が宿る!」という言葉に惹かれて買ったのに 。 。 。 だ。

近藤祐の特長は広い分野にわたる知識だ。経歴を見るとその理由がわかる。まず、慶応義塾大学で経済を学んだあとアパレル会社企画部に勤務。その後、東京デザイナーズ学院で建築設計を学んだあと建築設計事務所に勤務。そして、建築事務所を設立したあと一級建築士として活躍しながら東京デザイナーズ学院で建築設計を教え、そのかたわら、東京の都市文化、建築、文学、美術などをテーマに研究執筆してきたという。建築家と文化人の顔を併せ持っている。

そんな著者だからこそのスタイルなのだろうが、とにかく《引用》が多い。序論はいきなり鴨長明の「方丈記」で始まる。有名な「ゆく河の流れは絶えずして・・・」だ。その後も全篇を通じて《引用》とその《説明》を繰り返してゆくのだが、面白いのは《引用》《説明》《結論》という文章の組み立て方だ。

《引用》は、西行、法然、芭蕉、卜部兼好、村田珠光、千利休、山上宗二など、古典からのものが多い。たとえ古典でなかったとしても、冨倉徳次郎、唐木順三、折口信夫と、誰もが納得するような人の文章からの引用ばかり。外国人からのものも、スキデルスキー、パシュラール、オルデンバーグと説得力のあるものが並ぶ。

《説明》には、建築家・近藤祐が顔を出す。「方丈、つまり一丈(約3メートル)四方であり、現在の四畳半より少し広いひと部屋のみである。高さ七尺は約2.1メートルであり、屋根最上部の高さではなく、桁材の高さか、室内の天井の高さではないか」という具合である。著者は意識していないだろうが、この類のことは建築の専門家にしか書けない。

そして《結論》。「『方丈記』が宣言したのは、本来ならデメリットでしかない《狭さ》のメリット、つまりは何らかの価値としての《狭さ》、それも「世」にあるための実用性としての価値ではなく、まっとうな人間として生きていくために必要な倫理、あるいは美学としての《狭さ》であった」という文化人特有の「結論のようなもの」が付け加えられるのだ。

《引用》も《説明》も《結論》も、それぞれに素晴らしい。それなのに、なんだか変。そう、それぞれが独立していて、つながっていないのだ。古典からの《引用》、建築家の《説明》、そして文化人の《結論》。それが論理的につながっていない。だから変なのだ。

帯にあった「〈狭さ〉には、自由と永遠が宿る!」についても同じ。
オルデンバーグの「サードプレイスが陽気でありつづけるのは、その場を楽しむ人びとが、そこに費やす時間を制限するからでもある」という《引用》から始まる。
そのあとに「赤ちょうちんにあっても、サッと来てサッと呑んで、サッと帰るのが常連・上客の作法ではないか」という《説明》が続く。
そして唐突に「自由人として「私」を脱ぎ捨てるとき、有限性としての「私」をも脱ぎ捨てることができるならば、赤ちょうちんという〈狭さ〉には、空間的な有限性に対しては無限が、時間的な有限性に対しては永遠が孕まれるかもしれない」という《結論》が導かれる。
著者にとっては、この流れは自然のことなのだろう。ひとつもおかしいことはないと思っているに違いない。ところが建築家でも文化人でもない私には、この流れは絶対におかしい。

「狭いところでは、費やす時間を制限するのが作法」という《引用》から「狭さには無限や永遠が孕まれる」という《結論》が導かれるなんて、どう考えても論理的ではない。「赤ちょうちんに、追加のお酒だけで長居したり酔いつぶれたりするのは、粋ではない」のだから、「赤ちょうちんには、無限や永遠は似合わない」でなければと思う。

『〈狭さ〉の美学』は面白い本だ。心から出逢ってよかったと思えたし、楽しむことができた。でも、近藤祐という人の論理は、最後までわからなかった。芸術家の色合いが濃い建築家の《説明》と、芸術家の色合いが濃い文化人の《結論》とが、かみ合ったようには感じられなかったのだ。

私が帯を用意するとしたら、「〈狭さ〉には、自由と永遠が宿る!」ではなく、「〈狭さ〉には、儚さが似合う!」と書く。〈狭さ〉の美しさは、「わび・さび」の美しさに、似ている。

(17)Leonard Koren『Wabi-Sabi for Artists, Designers, Poets & Philosophers』

2024年4月12日(金)

「わび・さび」の美

今週の書物/
『Wabi-Sabi for Artists, Designers, Poets & Philosophers』
Leonard Koren 著、Imperfect Publishing、2008年刊

「わび・さび」とは何か? 辞書に当たれば、それらしいことが書いてあるし、インターネット上を探せば、いろいろな説明が見つかる。でもどの説明も、ひとりひとりが持っている感じとは、少しだけずれている。私にはそう思える。

「わび・さび」は、質素で静かな様子や不完全であることをよしとする「日本独自の」美意識だという。慎ましく質素なもののなかに奥深さや豊かさなど趣を感じる心で、「日本人ならではの」美意識だともいう。「日本独自の」とか「日本人ならではの」とか言われても、素直に受け取れない。日本の外に出たら「わび・さび」はないのか? 日本人以外には感じられないものなのか?

そもそも「わび・さび」といっても、「わび」と「さび」とは違う。

「わび」は、もともと「思うことが叶わず悲しみ、思い煩うこと」だったが、室町時代あたりから、失意や窮乏などの自分の思い通りにならない状態を受け入れ、積極的に安住しようとする肯定的な意味をもつようになった。置かれている状況を悲観することなく、それを楽しもうとする精神的な豊かさを「わび」という。

「さび」は、現象としての渋さと、それにまつわる寂しさとの複合美のこと。古さや静けさ、枯れたものから感じられる趣だという。精神性を表現した「わび」とは異なり、本質が表面にあらわれていくその様を美と捉えるというから、人によって「さび」は大きく違う。

そんな「わび」と「さび」が合わさった「わび・さび」は、中国から来た禅宗と結びつき広がってゆく。室町時代以降、禅宗の物事の本質を求める思想が武士や知識階級に広まり、石や砂紋などで水の流れを表現する枯山水など、文化面でも大きな影響を与え、人の世の儚なさや無常であることを美しいと感じる美意識が「わび・さび」だという認識が広まっていった。

古い建築物の木造部分の痛みや銅の部分にできる青緑色の錆びに「わび・さび」を感じたり、石の上に生えた苔を見て「わび・さび」を感じたり、紅葉が散りゆく時にその艶やかさと散り際に「わび・さび」を感じたりと、趣とか美意識とかはどこまでも個人的な感情だ。感情が静かに揺れ動いた時に他人にわかってほしいとか、ちょっとした心の揺れを共感したいとか、そんなときに「わび・さび」という言葉が使われる。

でも、村田珠光の「月も雲間のなきは嫌にて候」のように不足した美を楽しむのが「わび・さび」だと言われても、そんな美意識の押しつけは嫌だと思う。千利休のわび茶にしても、松尾芭蕉の俳諧のさびにしても、小堀遠州の綺麗さびにしても、結局は個人の心情でしかないではないか。個人ののもののはずである美意識や感性について、「これこそが」とか「xx家では」「xx流では」というような権威を盾にした言い方をされれば、興は醒める。

そんなふうに「わび・さび」について長いあいだすっきりしない感じを持っていた私を、すっきりさせてくれたのが、『Wabi-Sabi for Artists, Designers, Poets & Philosophers』(Leonard Koren 著、Imperfect Publishing、2008年刊)だ。Leonard Koren は、建築を学んだあと、アメリカの西海岸で『Wet』という「The Magazine of Gourmet Bathing (豪華な入浴の雑誌)」を発行していた。『Wet』は、ポストモダン美学の雑誌と位置づけられ、美学に興味を持つ人たちに影響を与えた。

その後 Leonard Koren は日本に来て、雑誌を出したり雑誌への寄稿を繰り返すのだが、そんな中から出てきたのが、今回取り上げた「わび・さび」の本だ。続編に『Wabi-Sabi: Further Thoughts』(Leonard Koren 著、Imperfect Publishing、2015年刊)があるが、二冊とも「わび・さび」という感覚を言語化することに成功している。

日本人は言語化しないのが得意だ。だからいろいろなことが、わかっているようでいてわからない。察しないほうが悪い。わからないほうが悪い。説明するのはよくない。そんな空気のなかでは、なにかを明確に知ることはできない。

「わび・さび」についても、私たちは長いあいだ、わからないことをよしとしてきた。そこに Leonard Koren が言語化したものだから、私は驚き、感激した。

Leonard Koren は「わび・さび」を「imperfect」「impermanent」「incomplete」というたった三つの単語で見事に説明した。真髄をついたのだ。「わび・さび」を、「完璧でない美」「永遠でない美」「完成していない美」で説明してしまった。

人がすることに完璧はない。完璧な人はいないし、完璧なものもない。完璧な形が美しいわけではない。「わび・さび」には、完璧でないから美しいと感じる感性がある。

永遠ということもない。人は永遠に生きたりしないし、地球すら永遠ではない。確かなものなどなにもないなかで、無常なものを美しいという「わび・さび」は、どこまでもいとおしい。

完成することもない。完成したと思っても、すぐに未完成だと気づく。完成した途端、壊れはじめ、崩れはじめる。完成していないものを美しいと言ってしまう「わび・さび」は、とても正直だ。

このような「わび・さび」は、西洋の美意識がしみついている Leonard Koren にとっては新鮮だったに違いない。完璧なもの、永続的なもの、記念碑的に完成したものを追い求める西洋の美意識に対し、「わび・さび」の美意識は、書画、お茶、お花、建物、庭、衣装、器、道具など、ありとあらゆるもののなかに、謙虚さと控えめさを求める。その違いは明らかだ。

大きな喜びを追い求めるよりも、静かな喜びを味わうことのほうに価値を置く。小さなことに心を動かす。些細なことに幸せを感じる。レトリックだと言われても、なにが望ましいのかは自分で決める。Leonard Koren の美意識は、そんな態度の延長線上にあるように思える。宗家や家元の美意識とは、次元が違うのだ。

長いあいだ、定期的に、しかしながら予測不可能にやってくる地震、噴火、台風、洪水、火災、高波などにによって土地を奪われ、財産を失ってきた日本人にとって、できることや信じられるものは、ほとんどなかった。自然も信じることはできなかったが、自然との接触から得た教訓が、「わび・さび」の美のなかに組み込まれている。それが、なにもかもが不完全で、あらゆるものは無常で、すべてが未完成だという Leonard Koren の「わび・さび」なのだろう。

Leonard Koren は本のなかで《「わび・さび」の美は、適切な状況、文脈、または視点が与えられれば、いつでも生まれてくる》と書いている。《そんな美は、意識の変化した状態であり、詩と優雅さの並外れた瞬間だ》という文章もある。私はこれを読んだとき、ふと足利義政を思い出した。

足利義政が関わったものは、なにもかもが「わび・さび」の美である。それにもかかわらず、足利義政に対する評価は低い。その原因は、足利義政が矛盾だらけの人間だったことに因る。でも、よく考えてみれば、「わび・さび」は、矛盾に満ちている。「矛盾に満ちているからこそ美しい」と言えなくもない。

「わび・さび」に内包された矛盾は、そのまま日本人のなかに潜む矛盾だ。そう考えるとき、「日本独自の」とか「日本人ならでは」という言い方も、そうは間違っていないと思えてくる。Leonard Koren は、私たちのことを、よく観察していたのだ。

(16)広井良則『人口減少社会のデザイン』

2024年4月5日(金)

来るべき社会

今週の書物/
『人口減少社会のデザイン』
広井良則著、東洋経済新報社、2019年刊

もう10数年前にポール・ケネディが書いた「世界中で最も魅力のない求人広告」が、いま読んでも面白い。

「急募・約1700万平方キロ(その大半は居住不能)に及ぶ国土の経営及び改革に必要な多くの資質を持つ人物。ただしこの国は、深刻な人口減少と、弱体化した軍隊と、巨大な社会・環境問題と、国内の不和と、嫉妬深い隣国を抱え、アジアと地球規模のパワー・バランスの面でも、恐らく急速な地位低下に向かっている」

というように、日本の経営と改革という不可能なミッションが書いてある。そんなことは誰もやりたがらないかと思いきや、日本の内閣総理大臣になりたいという政治家は多い。

予算の多くは借金の返済と社会保障に費やされ、まともなことをしようにも手段がない。利率が上がれば政府の借金がかさむから、中央銀行は利率を上げることができない。過疎化が進んでいるとかシャッター通りが増えているというようなことは、もはやニュースではないし、経済再生という言葉はただの呪文と化している。

「追いつけ追い越せ」だった日本は、いつの間にか「追いつかれ追い越され」になり、少子高齢化の中、意味のない国の支出が増大し続けている。高度経済成長が再び訪れることはないし、一億総中流は幻想でしかなかった。低成長が続き、中間層でさえ暮らしを確保することに汲々としている。。

若い人たちのなかに、国のことに興味を持つ人は少ない。「国のため」などと言う発想は、もう誰も持たない。欲望も少ない。結婚をしない、子供を産まない、消費をしない。家もクルマも欲しがらない。米屋や八百屋が消え、酒屋や本屋が減っていったように、デパートやスーパーも危機に瀕している。不動産業者やクルマのディーラーが消えてゆくのも時間の問題だろう。

多くの人たちが、産業の衰退を、それぞれの会社の実力のせいだとは思いたくないし、教育が時代に合わないせいだとも思いたくないし、ましてや政策の失敗だとは思いたくないから、が産業の衰退の原因を、人口の減少のせいにする。人口減少で経済が縮小する。人口減少で労働力が不足する。人口減少で社会保障制度が維持できなくなる。なんでもかんでも人口減少のせいになる。

都合よく災害がくれば、産業の衰退は災害のせいになるのだろうが、災害はそうは都合よくやってこない。とりあえず、人口減少がスケープゴートになり続ける。でも、人口減少は、ほんとうにそんなに悪いことなのだろうか。

そもそも、人口減少は日本だけに起きるわけではない。韓国や中国の人口はすでに減り始めているし、近い将来にインドネシアやインドでさえ人口が減り始める。人口は一旦減り始めると、とめどなく減り続ける。世界中で、人口はどんどん減る。

減ってゆくのを悪いこととしてとらえて抵抗しても、減るものは減る。移民を受け入れても、うまくはいかない。たくさん働いても、努力しても、人口減少は止まらない。抵抗しても無駄。減ってゆくのを受け入れるしかないのだ。

受け入れるしかないのなら、人口減少を悪いこととして捉えたりせず、よいこととして捉える。増えているときに沁みついてしまった論理を見直し、新しい論理を見つける。企業の収益は増えて行かない。パイは大きくならない。税収は減り続ける。公務員の数は減り続ける。そういったことを受け入れる。

仕事はAIに任せ、あまり働かない。努力しない。競争しない。バランスをとることに重点を置く。そんな変化が必要なのかもしれない。私たちが慣れ親しんだ社会が、まったく違う社会になるのかもしれない。

で今週は「人口減少に関する漠然とした考えを、はっきりしたものにしてくれるかもしれない」一冊を読む。『人口減少社会のデザイン』(広井良則著、東洋経済新報社、2019年刊)だ。人口減少社会をポジティブに捉えた本ということで、手に取った。拡大や成長にこだわらず、持続可能な社会を目指すために、何をしていったらいいのか。それを提言というかたちで書いた本だという。

書いてあることは、そう難しくない。複雑でもない。にもかかわらず、すんなりとは受け入れられない。なぜか? それは、私たちが身に着けてしまった「あたりまえ」を根底から覆されるから。私たちがやってきたことと正反対のことをしろと言われるから。そして、未知の世界に入っていくことが不安だから。いや、全部違う。何かが違うのだ。

広井良則は、私たちの「増税などを急がなくても、やがて「景気」が回復して経済が成長していくから、税収はやがて自ずと増え借金も減っていく」という考えが間違っていると言う。高度経済成長時代に染みついた考え方を今でも根強く引きずっているというのだ。私たちは「経済成長がすべての問題を解決してくれる」という思考様式から抜け出せていない。そんな論理展開はしごくまっとうだ。

広井良典の「10の提言」は以下のようなものだ。

  1. 将来世代への借金のツケ回しを解消する
  2. 人生前半の社会保障を充実させ、若い世代への支援を強化する
  3. 多極集中社会を実現し、歩いて楽しめるまちづくりをする
  4. 再分配システムを導入し、都市と農村の持続可能な相互依存を実現する
  5. 企業行動や経営理念の軸足を拡大・成長から持続可能性に変換する
  6. 生命を軸としたポスト情報化分散型社会システムを実現する
  7. 定常型社会のフロントランナーとしての日本をアピールする
  8. 環境・福祉・経済が調和した持続可能な福祉社会モデルを実現する
  9. 福祉思想を再構築し、鎮守の森に近代的個人を融合した倫理を確立する
  10. 人類史3度目の定常化時代に合った新たな地球倫理を創発し深化させる

それぞれの論点について「ふむふむ」と思いながら読み続けたが、はて、これで、本当に持続可能な社会が実現するのだろうかと考えると、まことに心もとない。なぜだろうか?

まず、国の政策というものについての過剰な評価がある。広井良典は「高度成長期の前半期には工業化を国是とする政策によって、農村から都市への人口大移動が起こった」とか「1990年代以降の政策によって、地方都市の空洞化が起こった」というような論理展開をするが、農村から都市への人口移動や地方都市の空洞化の原因は国の政策なのだろうか。私には、国の政策がそんなに大きな力を持っているとは思えない。

次に、デジタルトランスフォーメーションについての記述がないことがある。AI 、ブロックチェーン、ビッグデータ、IoTといった技術革新をビジネスに結びつけることができなければ、これからの競争からは脱落してゆかざるを得ない。技術革新についてゆくことが出来る人がいなければ、その社会に将来はない。

デジタルトランスフォーメーションがなくても、それに代わるものがあればいいのだが、それもない。そもそも、培養肉を積極的に取り入れていくのかどうか、細胞農業を容認するのかどうか、そういうことが、はっきりしていない。「近代的個人を融合した倫理」とか「定常化時代に合った新たな地球倫理」などと「倫理」をいうのなら、遺伝子操作を認めるのか認めないのかを、まず、はっきりしてほしい。

iPS細胞の倫理的・法的・社会的問題を議論し尽くすことなく、iPS細胞のいい面ばかりに目を向けていっていいのだろうか。同じことが培養肉についても細胞農業についても言える。社会が倫理的合意なしで間違った方向に進めば、待っているのは破滅だ。

日本の社会が今必要としているのは、広井良典が本のなかで書いているような綺麗ごとの倫理ではなく、もっと根源的な生命倫理であり、倫理に関する社会的合意ではないだろうか。

この本を読んで、人口減少に対する私の考えが大きく変わった。広井良典が書いたこととはだいぶ違うのだが、著者が意図しない方向に読者が導かれるというのも、読書の醍醐味だろう。以下にこの本のおかげで持つに至った私の考えを書く。

人口減少は必要だ。可能だ。そして間違いなくいいことだ。でも、うまく減少してゆくのは容易ではない。飢餓や貧困や疫病による大量死亡を避けることができるか。水や食糧をめぐっての紛争や戦争を避けることができるか。労働力の不足、社会保障の財政破綻、経済のマイナス成長などをひとつひとつ解決しながら、持続可能な人口になるまでの何百年もの減少期間をどう生き延びてゆくのか。それは決して容易なことではないはずだ。

人口増加も簡単ではない。例えば、サハラ以南のアフリカでは、今でも人口が増加し続け、そのせいで食料が不足し、ほとんどの子供が満足な教育を受けられず、成人しても仕事が見つからず、社会は安定から程遠い。誰も環境の保護とか人権の擁護などを考える余裕を持っていない。

人口減少も人口増加も容易ではない。要は人口減少や人口増加にどう向き合っていくか、どう対処してゆくかだ。

人口減少は避けられそうにない。だとしたら、どういう社会システムを作ってゆくのかを真剣に考えなければいけない。人口増加に合った社会システムが、人口減少に合うわけがない。だから、まったく違う社会システムを編み出さなければならない。それは「歩いて楽しめるまちづくり」などということではない。

人口減少とともに私たちが直面している危機は、とても大きい。広井良典の「10の提言」のような、まるで日本の学生たちが考えそうな提言では、とても乗り越えられないくらいような危機が迫っている。人口減少を甘く見てはいけない。

(追記)

内閣府や厚生労働省のウェブページを見ていると、「人口減少克服」とか「少子化対策」とかいう言葉が多く出でくるが、そのほとんどが「人口減少に歯止めをかける」と「生活基盤を維持する」いう意味あいを持っている。まるで「人口減少の流れを止めろ」という号令が聞こえてくるようだが、「産めよ殖やせよ」の号令に似て、気持ち悪いことこの上ない。「国家主義が薄れ、人口が減少してゆく」なかで、「国家主義を復活させ、人口をもう一度増加させよう」というのは、時代錯誤ではないか。

国家主義の時代が終わりにきているということを受け入れ、人口減少を受け入れる。そういう態度や考え方に立って政策を立案してゆかなければ、何も解決できない。政治や行政の立場からは、なかなか出てこない考え方かもしれないが、「人口減少社会においては、全体主義的な考え方がとても危険だ」ということは、多くの人口学の専門家が指摘している。

幸いなことに、今の若い人たちは、「国が強いか」「国が豊かか」というようなことにはあまり興味を示さない。若い人の興味は「自分に何ができるか」「自分が暮らしていけるか」ということにあり、「社会のために」と考える人はいても「国のために」と考える人は少ない。政治や行政が何を言っても、全体主義的な傾向は薄れていくといっていいだろう。

だとすれば、なおさら、人口減少時代に合った政策が必要になってくるのではないか。人口減少時代に合った教育や経済システムは、今の教育や経済システムとは違うはずだ。「人口減少に歯止めをかける」や「生活基盤を維持する」というような政策ではなく、「富の分配を再構築する」や「働く意味を問い直す」というような政策を立案していかなければ、将来は見えてこない。

(追記2: 尾関さんへ)

尾関さんが長年にわたりなさってきていた「一週間に一度、書評を発表する」ということが、どれだけ大変なことか。自分でやってみて、その大変さがわかりました。

読み始めた時に考えていたことと、読んでいるときに考えたことと、そして読んだ後に考えたこととが混じり合い、収拾がつかなくなくなったり。。 焦点が定まらず、話題があちこちに飛んでしまったり。。 そんなことがあっても、読んだ後の数日では、それを整えることができない。推敲する時間がないどころか、文章に手を入れる時間すらない。

尾関さんは、そんなことを、いとも簡単にやってきた。そう思うと、自然と頭が下がります。

早く「めぐりあう書物たち」を再開し、また私たちを楽しませてください。心からのお願いです。

(15)尹雄大『つながり過ぎないでいい』

2024年3月29日(金)

普通とは何か?

今週の書物/
『つながり過ぎないでいい』
尹雄大著、亜紀書房、2022年刊

マスコミなどが「今はこういう時代だ」と言ったとき、私は少なからず反感を感じる。「現代はVUCAの時代だ」などという文章を目にすると、「今さら、何を言ってるんだ」と思ってしまう。VUCAという言葉は、Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)という4つの言葉の頭文字をとった造語で、もともとは冷戦時代のアメリカの軍事用語。それがいつのまにかビジネスでも使われるようになり、コロナ禍以降には日本でも使われるようになった。

「VUCAの時代」と言われても、ゆったりと落ち着いた暮らしをしていれば、なんのことやらわからないだろうし、「変革の時代」と言われても、変革とは関係なく生きていれば、なんの変りもない。「こころの時代」だからといって心が豊かになるわけではないし、「明るい時代」でも失意は襲ってくる。

日本の社会は、不思議なくらい「同化」で成り立っている。みんなが「こう」だったら、私も「こう」でなければならない。みんなが「ああ」だったら、私も「ああ」でなければならない。そんな同調圧力が社会に充満している。

外国から日本に帰って来て一番つらいのは、日本の普通であり、日本の常識だ。同じでなくても、いいではないか。そう思っていても、違う考えを持っていると「けしからん」とか「看過できない」といった言葉を感じる。なんともつらい。

こういう社会を生きづらいと思う人もいる。適応障害を発症する人も少なくはない。それでも多くの日本人たちは、日本の社会を快適と感じているようだ。外からの目で日本人を見ると、子供のころからの教育で同じような考え方をし、同じように生きているように見える。

でも、果たしてそれは現実だろうか。同じことを考えているというのは、本当だろうか。日本の普通や日本の常識なんて、ただの幻想なのではないのか。「けしからん」とか「看過できない」と言われても、私はちっとも気にならない。でも「気にならない私」が、言った人をさらにいらつかせる。そんな時私は、心から「帰ってこなければよかった」と思う。

で今週は、「伝える」ことを突き詰めた著者による一冊を読む。『つながり過ぎないでいい』(尹雄大著、亜紀書房、2022年刊)だ。「人とうまくしゃべれてしまっていることがそもそも奇妙なのではないか」という疑いを持ち、「話せるはずなのに、そうはできていないのはなぜなのか?」と問う尹は、どこまでも自分に正直だ。

「なんとなく話せるようになり、なんとなく相手のことがわかるようになる」のを、尹は「定型発達」と呼ぶ。それに対し、「なんとなく」がわからなく、「この歳になればこれができる」といったマイルストーンを達成できない人を「非定型発達」と呼ぶ(尹は自分のことを「非定型発達者」だと思っている)。

この本のなかには、「定型発達者」の文化のなかで生きなければならない「非定型発達者」の難しさが、列挙されている。尹は言う。

僕たちは絶え間なく「普通」についての教育を受けている。学校やメディアに限らず、普通だと信じてやまない価値に伺いを立て、その通りに行動することによって「普通」は自律的に学習され続けている。世間がまだらに見える視点からすれば。その教育システムは「同化」でしかない。そう直感している。日常の中で、僕がひとつの主体に回収され、統合されるのは堪え難い苦痛であり、何より狂気なくしてありないと思っている。

そういう感性を持って、尹はありとあらゆるものに疑問を感じ続ける。自分の身体はひとつの存在なのか。アイデンティティを信頼していいのか。自分の思う自分が自分なのか。鏡に映った姿は本当に自分なのか。

その上で、尹は多くのことを否定してゆく。「共感し、気持ちに寄り添う」とか「傾聴し、感情と向き合う」といった「時代が要求する感性」や「同世代の価値観」を否定する。他人を拒むことに気まずさを覚えない。ノーということがよくないという先入観を捨てる。

考えながら話せば、滑らかに話すことなどありえない。滑らかに話せるのは、独自の言葉でしゃべらないからだ。そんな考えから、滑らかに話せる人のことを、没個性を恐れないタフさを備えた人という。

言ったことは通じると思うことや、わかってもらえるると思うことを、尹は幻想だという。その幻想を背景にして、共感をやたらと重んじる文化が育成され、みんな同じなのだともたれかかることを良しとする常識が生まれるという。

絶え間なく「普通」についての教育を受け続け、普通だと信じてやまない価値を信じ、その通りに行動することによって「普通」は無自覚に学習され続け、その教育の結果、「同化」がもたらされる。それが尹の観察だ。

では、どうしたらいいのか。尹の考えはこうだ。

教えられた通りの考えを身につけ、それによって善し悪しでジャッジする。それを普通の感性と言うのであれば、いずれは新しい出来事が起きても、従来の考えの内に収めることに満足を覚えるだろう。だが、それとは別の道がある。教えられたことをもとにして独自に学び、自らを育てていく。そこで初めて自立に向けた歩みが始まる。

尹が書いたのは、あくまでも尹自身のことだ。「定型発達者」の文化のなかで「非定型発達者」の尹がどう生きてゆくかという、切実なことが書かれている。でも、この本は、同質のなかであぐらをかいている日本社会への警鐘ではないか。

日本人男性だけで構成された取締役会を不思議と思わない日本の会社。何の法的根拠も持たずに弱い者たちだけを痛めつける日本の行政。そういうものを壊すには、まず日本の普通や日本の常識を見直すことが必要なのではないか。そう思わせる本だった。この本がくれた多くの気づきを、これからの暮らしの中で生かしていこうと思う。

最後に、この本の帯に書かれていた文章を付け加えておく。

自身の生き難さを生きることは
他の人にはできない。
それを生き切ることが、
自分への尊重に
つながるのではないか―――

(14)日下渉『反市民の政治学』

2024年3月22日(金)

社会の分断

今週の書物/
『反市民の政治学』
日下渉著、法政大学出版局、2013年刊

いま世界の国々を遠くから眺めてみると、似たような特徴が浮かんでくる。「貧富格差」「教育格差」などの格差の広がりが多くの国々に見られる。右だとか左だとかいったイデオロギーは影をひそめ、国の国との対立よりも、国内の対立が際立っている。

国内の対立では、旧来の地域と地域の対立や、宗教の対立、人種の対立などよりも、「貧」と「富」の対立が目立つ。国が「貧」と「富」の二つに割れたとき、「貧」の代表は必ずしも「貧」でなく、「富」の代表は必ずしも「富」ではない。「貧」の人たちを代表するのが「富」の人だというのは、よくある構図だ。

教育のある「市民」と、教育のない「大衆」という対立構造の国もある。「市民」は「公正な社会」を望んでいて「民主主義」とか「人権」とかが重要だと思っており、「大衆」は「生きていける社会」を望んでいて「安全」とか「平等」とかが重要だと思っていて、お互いを理解することはほぼ不可能だ。

「マスコミ」と「反マスコミ」という構図も見て取れる。「マスコミ」は、「貧」の味方というポーズを取りながら、実は「富」の味方をする。同じように「マスコミ」は、「大衆」の側に立った報道をしているようでいて、「市民」の側に立った報道をする。「軍部」は、ほとんどの場合、「反マスコミ」だ。

国外との関係で、国内に対立が生まれることもある。グローバル化の波に飲み込まれ、以前は中間層と位置づけられていた人たちが、あっという間に世界の底辺に追いやられてしまう。自分たちがなぜそうなったのか。それがわからない人たちの不満の矛先は、あらぬ方向に向かう。

いろいろな要素が絡み合った世界で、今までのマスコミが提示してきた二項対立の図式は、もう成り立たない。そんなことをわからせてくれる特別な存在が、日下渉というフィリピンのことにやけに詳しい学者だ。日下渉は書く。

成功を目指して頑張っているフィリピン人は、グローバルなサービス産業の構造のもとで自由や自律性を失い、強いストレスのもとにさらされている。たとえば、米国の顧客に対応するコールセンターでは、アメリカ時間に合わせた夜勤、分刻みの顧客対応、上司による徹底的な監視、非人間的で機械的な作業の繰り返しなどに耐え続ける必要がある。出稼ぎの船乗りや家政婦もそうだ。そうした人たちからすれば、働かず、他人の金に頼って自由気ままに暮らしている人々が憎くなるのは当然だろう。グローバルなサービス産業の底辺に組み込まれ、フィリピン社会が急速にストレス社会になったことの反映でもある。

こんなことを書けるのは、日下渉がフィリピン社会に溶け込んでいるからだ。フィリピンを愛し、日本にいてもいつもフィリピンに帰ることを望んでいる。フィリピンのスラムに入り込み、スラムで暮らす。毎日のように親戚や隣人の悪口ばかり聞かされるなかで、道徳に反するようなことをしながらも胸を張って生きている人たちに共感してゆく。日下渉は、フィリピン社会を大衆の目から見ることのできる珍しい学者だ。

で今週は、その日下渉が10年以上前に書いた一冊を読む。『反市民の政治学』(日下渉著、法政大学出版局、2013年刊)だ。「フィリピンの民主主義と道徳」という副題がついている。帯には《「正しい」政治は 人々を幸せにするのか》と書いてある。いま読むと、「ああ、たった10年余りで、ずいぶん変わったなあ」と印象を持つが、それでも初めから終わりまで。日下渉らしさが溢れている。

日下渉は「大衆圏について理解を深めデータを得るため」に、ケソン市のペッチャイアンで継続的に住み込み調査を行ってきた。さりげなくそんなことが書かれているが、命の危険すら感じる場所に住むというのはそう簡単ではない。私も何度かマニラ近郊のスラム街に行ってみたが、通り過ぎるのがやっとだった。人が優しいということはわかる。でも、そこに住むというのは、相当の覚悟が要ったはずだ。

市民圏の調査は簡単だ。ゲート付きの分譲地のなかで暮らす市民たちと話をするのは、東京の住宅地で暮らす人たちと話をするのと、何の変わりもない。大衆圏のことは「貧しい人々が視ているというタガログ語のテレビ」の前に座っていてもよくわからないが、市民圏のことは英字紙を読めばほとんどのことが理解ができる。大衆圏について理解を深めるためにスラムに住み込むというのが、じつは合理的な行動だったのだろう。

この本で特に印象に残ったのが、「道徳政治」「道徳主義」「道徳的ナショナリズム」「道徳的分断」「道徳的な善悪の境界線」というように使われる「道徳」という言葉だった。家族の分断、強制立ち退きといったリスクにさらされ、日々の生存を守らなければならない貧困層と、より長期的な利益を追求しようとする中間層とでは、「道徳」の意味は大きく異なる。

貧困層にとって、「不法占拠や街頭販売の禁止を唱え、政治家のサービスを否定し、貧困層が共感するポピュリストを追放する」などというのは、日々の生活と尊厳に対する脅威でしかない。これに対し、中間層にとっては、「貧困を理由に不法な生活基盤を築き、政治家のバラマキを助長し、ポピュリストを当選させる」貧困層は、政治改革への障害でしかない。どこのスラムにも溢れかえっている政治家のポスターを思い出すと、道徳的分断がリアリティーを持って浮かび上がってくる。

不法に水道管や電気線を引き入れる貧困層。それを僅かな賄賂で見逃す小役人たち。その上に君臨するポピュリスト。ポピュリストのリーダーを追放する市民の運動は、大衆の反発を招いて深刻な政治不安を生じさせる。市民がポピュリストを強く非難すればするほど、大衆は尊厳を否定されたポピュリストに親近感と共感を覚える。市民が不法占拠者や露天商に対する攻撃を支持すればするほど、貧困層は金持ちの市民に対する敵意を強めながら、賄賂によって不法な生活基盤を強化していく。このように、排他的市民主義はその目的を達成できないばかりか、大衆圏で強い反発を招き、国民の道徳的分断を先鋭化させてしまう。

日下渉は、大衆の立場から、というよりは反市民の立場から、「正しいだけでは人々は幸せにならない」というメッセージを読者に伝えることに成功している。正しいことを追求する市民にとって、人間の尊厳とは、人権であり、デモクラシーであり、自由であり、平等である。それに対し、正しいかどうかなど意に介さない大衆にとって、人間の尊厳とは、生きること、日々を生きてゆくことだ。

分断はちょっとやそっとでは埋まらないように見える。それでも日下渉は、最後に共同性に言及する。緩やかな共同性を築いて行ければ、分断はなくなってゆくのではないか。そんな処方箋が効果的だと本気で考えているようなのだ。私には、フィリピンの分断は、広がりこそすれ、なくなることなどないように見える。日下渉に見えていて、私に見えていないものは、いったい何なのだろう?

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追記: 日下渉が日本のことを書いた文章を紹介しておく。

今日の日本では、新自由主義のもと、厳しい生存競争を勝ち続けることを要請されている。こうした過酷な競争は、落伍者を生み出さざるを得ない。しかし、互いの生を支え合う社会的紐帯は、すでにズタズタになっており、セーフティネットは脆弱だ。しかも競争のストレスは、異なる世界観をもつ他者を怨嗟する独善的な正義の言説を強めている。こうして社会が断片化すればするほど、社会秩序を人びとの手で自発的に維持するのが難しくなる。それに歩を合わせるかのように、国家も企業も「改革」の名のもとに国民や従業員を統制する制度と道徳の厳格化を進めている。もともと近代日本は、あらゆる公式の制度が精密かつ円滑に機能する社会を作り上げてきたが、それをいっそう厳格化することで、制度の崩壊を防ごうというのであろう。
たしかに、競争と統制の強化は、一時的には競争力の向上や社会秩序の効率性に寄与するかもしれない。だが、それは、人びとのストレスや生き苦しさの増大と、互いの生を支え合う相互依存の破壊という犠牲と引き換えに得られるものであろう。そのため長期的には、社会をいっそう断片化、硬直化させ、人びとが偶発的なリスクを受け止めながらも生き延びることを可能にする社会のしなやかさを蝕んでいるように思う。

日下が、日本の社会からしなやかさが失われてゆくのを、歯がゆい気持ちで見ているのがわかる。フィリピンのスラムから見た日本は、とても窮屈なのだろう。

自由や自律性を失い、強いストレスのにさらされているのは、フィリピン人だけではない。日本人も同じだ。上司による徹底的な監視、非人間的な管理などは、日本の職場にも広がっている。日下渉のフィリピンへの処方箋は、案外日本にも役立つ。。。のかもしれない。

(13)John Hersey『Hiroshima』

2024年3月15日(金)

広島 ー もうひとつの視点

今週の書物/
『Hiroshima』
John Hersey著、New Yorker、1946年刊

今週はまさかの原爆の話だ。いま「まさかの」と書いたのは、原爆のことを書くことはないだろうと思っていたから。原爆のことを書けば、自然とポリティカル・コレクトネスから遠ざかる。だから書かないほうがいい。そう思ってきた。原爆のことを書こうとすれば、アメリカのことを真正面から書かざるをえない。それが怖い。

アメリカは恐ろしい国。そういう思いが抜けない。過去に原爆を投下した国。それも日本に落としたのだから、恐ろしく思うのは仕方がない。将来も原爆を落としそうな国。容赦がないから、いつ落としても不思議はない。北朝鮮がどんなに変わった国でも、原爆を落としたりはしないだろう。イランだってそうだ。ロシアだって投下したりはしないだろう。でもアメリカだけはやりそうだ。やった後で、平気な顔をして人道援助にやって来る。そういうイメージがある。

大統領として原爆の開発を決断したフランクリン・ルーズベルトは民主党、原爆の使用を強く大統領に進言した国務長官のジェームズ・F・バーンズも民主党、大統領として原爆の投下を決断したハリー・S・トルーマンも民主党。そして、原爆投下に強く反対した(トルーマンのあと大統領になった)ドワイト・アイゼンハワーは共和党。そんなことから、私は共和党よりも民主党のほうに不快感を抱いていて、いつかまた原爆投下を決めるのも民主党の大統領だと(勝手に)思っている。

こういう根拠のない思い込みは間違っている。そんなことはわかっている。それでも私は、フランクリン・ルーズベルトやハリー・S・トルーマンを好きにはなれない。

原爆投下後に、とは言っても終戦後の8月29日に、ICRC(赤十字国際委員会)のフリッツ・ビルフィンガー(F.W. Bilfinger)は、東京のスイス公使館の代表と共に広島に入り、翌日の30日に東京のICRC代表部に電報を送った。

街の80%は壊滅。あらゆる病院は全壊または大損害を被っている。救急病院を二つ視察,状況は筆舌に尽くしがたい。爆弾の影響は不可解なほど深刻。回復してきたように見える患者が突如白血球の変質やその他の内部損傷による致命的な症状の再発に苦しみ,膨大な数の人々が死んでゆく。推定10万人以上の負傷者がいまだ周辺の救急病院におり,包帯や医薬品の深刻な欠乏状態にある。市中心部上空からの即時の救援物質投下を検討するよう粛として連合国最高司令官に要請していただきたい。大量の包帯,手術用パッド,火傷用軟膏,スルファミド,血漿,そして輸血用器具が必要。迅速な行動を要す。医療調査委員会の派遣も必要。

という簡潔な電報だ。それを受けて、9月8日に、ICRCの医師のマルセル・ジュノー医師はアメリカの部隊、日本人医師2名、そして15トンの医療物資とともに広島に行き、救援活動を開始した。ジュノー医師はそこに5日間滞在し、その間に主要な病院をすべて訪問したという。

その後も、ICRCとスイス政府の救難活動は続いていくわけだが、被爆者たちを救おうという態度に貫かれていて、気持ちがいい。

それに対し、アメリカ軍とアメリカ政府のしたことは、とても冷たい。「Atomic Bomb Casualty Commission (ABCC)」を立ち上げ、ABC病院を設置し、原爆の効果を科学的に検証し始めたのだから、ビジネスライクな感じがしてあたりまえだろう。

戦後何年かのあいだ、ICRC と ABCC とは、よく対立したという。私は ICRC を好ましく思い、ABCC に嫌悪感を感じる。それはおかしいと言われても、そう思い感じるのだから仕方ない。

アメリカの政府にも、軍隊にも、そしていろいろな組織にも嫌悪感を感じる。それなのに、アメリカ人一人ひとりに嫌悪感を感じることはない。むしろ好きな人が多い。不思議なことに、いわゆる「いいヤツ」が多いのだ。

で今週は、アメリカ人のジョン・ハーシーが原爆のおそろしさについて書いた文章を読む。『Hiroshima』(John Hersey 著、New Yorker、1946年刊)だ。1946年5月にハーシーは日本に旅行し、3週間かけて調査と生存者への聞き取りを行った。彼は6月下旬にアメリカに戻り、広島で会った6人の生存者の物語を書き始めた。

その結果が「ニューヨーカー」誌の 1946年8月31日号に掲載された 31,000語の記事『ヒロシマ』だ。この記事は雑誌のほぼ全部を占めることになったが、そんなことはそれまで「ニューヨーカー」誌にはなかった。

作者のハーシーは、記事が出る数日前から、密かにノースカロライナ州の田舎町ブローイング・ロックに引きこもった。当時のアメリカで、アメリカ軍のしたことに批判的な文章を書くことが、いかに難しかったかがうかがえる。ハーシーはその後も、亡くなるまで、『ヒロシマ』についてのインタビューを避け続けた。

『ヒロシマ』に登場するのは、ハーシーが「たまたま」出会い、話を聞くことができた6人だが、それはまた、たまたま生き残った6人でもあった。彼らは皆、これほど多くの人が亡くなっているのに、なぜ自分たちは生きていたのかと不思議に思っていた。

実際、一歩を踏み出したこと、屋内に入ったこと、次の路面電車ではなく乗り遅れそうになった路面電車に飛び乗ったことなどの小さな偶然が、生存者たちを救った。そして生存者たちは、原爆投下直後から、多くの死を見ることになった。

原爆投下の瞬間には誰も予想できなかったことが起きたわけだが、なぜ多くの人たちが死に、なぜそこにいた少数の人たちが生き残ったのかは。誰にもわからない。もちろん、本人たちにもわからない。

『ヒロシマ』に出てくる6人も、特別なことをしていたわけではない。ブリキ工場の人事部の事務員だった佐々木トシ子さんは、原爆投下の瞬間、いつもの場所に座り、隣の机の同僚に話しかけようと頭を向けたところだった。医師の藤井正和さんは、自分の医院のベランダで、あぐらをかいて座り『大阪朝日』を読んでいた。仕立屋の未亡人の中村初代さんは、台所の窓際に立って、近所の人たちが自分の家を空襲防御の防火帯の通り道にあたったために取り壊しているのを眺めていた。イエズス会のドイツ人司祭ヴィルヘルム・クラインゾルゲ神父は、教団の3階建て宣教館の最上階にある簡易ベッドに下着姿で横たわり、イエズス会の雑誌『シュティメン・デア・ツァイト』を読んでいた。市内にある大規模で近代的な赤十字病院の外科の若手医師の佐々木耀文さんは、検査用の血液検体を手に病院の廊下を歩いていた。広島メソジスト教会の牧師である谷本清さんは、広島市の西の郊外にある家の玄関で立ち止まり、運んできた荷物を手押し車から降ろそうとしていた。

偶然生き残った6人の話を聞き記事にすることに、どれほどの意味があるというのだろう。爆心地の近くでは、その日のうちに半数以上の人たちが死んだ。死をまぬがれた人たちも時間が経つとともに死に、放射線による急性障害が一応おさまった1945年12月末までに14万人もの人が死んだ。その地獄を見ずに10か月後に生存者に会ったからといって、原爆投下の何がわかるというのだろう。

生き残った人が、放射線障害で体調を崩し床に臥せていたり、下肢の複雑骨折のせいで絶え間ない痛みのなかに横たわっていたりするのは、読んでいてつらい。でも、生きている人たちの話なのだ。10万人以上の死んでいった人たちの話ではない。

ICRCのフリッツ・ビルフィンガーが広島に入ったのが8月29日。原爆投下から3週間ちょっと経っている。そのビルフィンガーでさえ、原爆投下直後のことを想像できなかったというから、『ヒロシマ』を書いたハーシーに原爆投下直後の悲惨さがわかるはずはない。

アメリカでは『ヒロシマ』は、学校で副読本として長いあいだ広く読み続けられ、また、20世紀アメリカジャーナリズムのTOP100の第1位に選出されたりもして、大きな評価を得てきたわけだが、そこにリアリティーはない。現場にいればリアリティーのあるものが書けるかというと必ずしもそうではないが、それでも、9か月も経ってからの体験談を聞くだけでリアリティーのあるものが書けるかというと、無理としかいいようがない。

2011年3月11日の巨大地震やそれに伴う大津波のことを、震災から9か月経った2011年12月になって福島県の富岡町に出かけて行って、偶然出会った 6人から話を聞いて本にしても、そうは話題になるまい。何人かの記憶をたどっても、決して真の姿は見えてこない。

私が感じた違和感は、まさにその一点なのだ。9か月たっての6人の記憶、9か月たっての6人の辛さ、それらがいくら語られても、それらの証言は当日の悲惨さではない。奇跡的に生きのびることになった6人の証言は、死んでいった人たちの証言ではないのだ。

ハーシーという人が、良質のジャーナリストであり作家だったことに疑いはない。良質な人間だったことも、行間から読み取れる。しかし、スイス人のビルフィンガーが書いた文章とアメリカ人のハーシーが書いた文章とを比べるとき、決定的な違いに気づく。「悲惨だ」と「悲惨だったろうなあ」の違いだ。

アメリカ人たちが現実の悲惨さを知りたくなかったのだといえばそれまでだが、『ヒロシマ』がなぜあんなにも、もてはやされてきたのかは、読んでみてもわからなかった。当時のアメリカ人が持っていた日本観や日本人観を知らない私には、永遠にわからないことなのかもしれない。